(s0045)

「壬申の乱」

『日本書紀』
「辛卯に天皇、紀臣阿閉麻呂(中略)を遣わして、数万の衆を率て、伊勢の大山より越えて倭に向わしむ。且村国連男依(中略)を遣わして、数万の衆を率て、不破より出でて、直に近江に入らしむ。其の衆の近江の師と別け難きことを恐れ、赤色を以って衣の上に着く。(中略)
 天武天皇元年七月辛亥に、男依等瀬田に至る。時に大友皇子及び群臣等共に橋の西に営して、大に陣を成し、其の後見えず。旗幟野を蔽し、埃塵天に連なる。鉦皷の声、数十里に聞ゆ。列弩乱れ発ちて、矢の下ること雨の如し。(中略)衆悉く乱れて散走り、禁むべからず。時に将軍智尊刀を抜きて退く者を斬る。而も止むるこは能はず。因て以て智尊を橋の邊に斬る。 則ち大友皇子、左右大臣等、僅に身をもて免れて逃ぐ。(中略)壬子に、…是に於て、大友皇子、走げて入らむ所無し。乃ち還りて山前に隠れて、自ら縊れぬ。時に左右大臣及び群臣皆散り亡ぐ」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)