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「義満の金閣寺造営」

『臥雲日件録』
「文安五年八月十九日、最一検校来り留りて宿す。(中略)予又鹿苑院殿ここに移宅の事を問う。日く、創基は恐らく泉州合戦の前一両年に在るか、初めて諸大名の士に命じて土木に役す。独り大内義弘日く、吾が士は弓矢を以て業となすのみ、土木に役すべからずと。即ち義弘深く欽旨を逆うの濫觴なり。経営未だ畢えざる時、その費を考えしむるに、則ち二十八万貫なり。然らば則ち功を畢えるに至りては、則ち殆ど百万貫か。隆楼傑閣、画棟彫梁、東西南北、碁布星羅、天より降るが如き、地より涌くが如し。故に法雲寺殿雪渓居士、鹿苑院殿に咨りて日く、この新第は以て西方極楽に換うべからざるなりと。天下今に以て口実となす」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)