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「下剋上の思想」

『塵塚物語』
「山名宗全、或大臣と問答の事。
山名金吾入道宗全、いにし大乱の比ほひ、或大臣家にまいりて、当代乱世にて、諸人これに苦しむなど、さまざまの物語りして侍りける折ふし、亭の大臣ふるき例をひき給ひて、さまざまかしこく申されけるに、宗全たけくいさめる者なれば、臆したる気色もなく申侍るは、『君のおほせ事、一往はきこえ侍れど、あながちそれに乗じて例をひかせらるる事しかるべからず。凡そ例という文字をば、向後は時といふ文字にかへて御心えあるべし。それ一切の事はむかしの例にまかせて何々を張行あるといふ事、此宗全も少々はしる所也。雲のうへの御さたも伏してかんがふるに勿論なるべし。夫和国神代より天位相つゞきたる所の貴をいはゞ、建武・元弘より当代までは皆法をたゞしあらたむべき事なり。乍憚君公もし礼節つとめらるゝに、いにしへ大極殿のそこそこにて何の法礼ありといふ例を用ゐば、後代其殿ほろびたるにいたりては、是非なく又別殿にておこなはるべき事也。又其別殿も時ありて、若後代亡失せばいたづらなるべきか。
 凡そ例といふは其時が例也。大法不易、政道は例を引てよろしかるべし。其外の事、いささかにも例をひかる事心得えず、一概に例になづみて、時を知らざるゆえに、或ひは衰微して門家とぼしく、或ひは官位のみ競望して其知節をいはず、かくの如くして終に武家に恥ずかしめられて、天下うばはれ媚をなす。若ししいて古来の例の文字を今沙汰せば、宗全ごとき匹夫、君に対してかくの如く同輩の談をのべ侍らんや、是はそも古来いづれの代の例ぞや、是則時なるべし。我今いふ所おそれおほしといへども、又併後世にわれより増悪のものもなきにはあるべからず。其時の躰によらば、其者にも過去のこひをなさるゝにてあるべし。いまよりのちはゆめゆめ以てこころなきゑびすにむかひて、我方の例をのたまふべからず。もし時をしり給はば、身不肖なりと云ども宗全がはたらきを以て尊主君公みな扶持したてまつるべし』と苦々しく申ければ、彼大臣も閉口ありて、はじめ興ありつる物がたりも、皆いたづらに成けるとぞ、つたえきゝ侍し、是か非か」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)