(s0564)
「太閤検地」 |
『西福寺文書』 |
「右今度御検地を以て相定むる条々 一、六尺三寸の棹を以て、五間六拾間、三百歩壱反に相極むる事。 一、田畠並在所の上中下見届け、斗代相定むる事。 一、口米壱石に付い而弐桝充、其外役米一切出すべからざる事。 一、年貢米、五里、百姓として持届くべく、其外ハ代官給人として持届くべき 事。 慶長三年七月十八日 木村宗左衛門尉(花押) はら村次郎右衛門方 惣百姓中」 |
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現代語訳や解説については下記を参考にしてください |
『詳説日本史史料集』(山川出版社) |
『精選日本史史料集』(第一学習社) |
『日本史重要史料集』(浜島書店) |
『詳解日本史史料集』(東京書籍) |