(s0572)
「比叡山焼打ち」 |
『信長公記』 |
「元亀二年九月十二日叡山を取詰、根本中堂三王廿一社を初奉り、霊仏霊社、僧坊経巻、一宇も残さず、時に雲霞の如く焼払灰燼の地となるこそ哀なれ。…山頭において其の隠れなき高僧貴僧有智之僧と申、其外美女童其の員知れず召捕御前へ召つれ参り、悪僧の儀は是非に及ばず、是は御扶け成され候へと声々に申上候といへども、中々御許容なく、一々に頚を打落され、目も当られぬ有様也。数千之屍、算を乱し、哀れなる仕合也」 |
現代語訳や解説については下記を参考にしてください |
『詳説日本史史料集』(山川出版社) |
『精選日本史史料集』(第一学習社) |
『日本史重要史料集』(浜島書店) |
『詳解日本史史料集』(東京書籍) |