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「武士気質」

『三河物語』
「清康様・家康様などは、御譜代の者を大切に思召て、弓矢八幡譜代のもの一人には、一郡にはかへまじきと、御意成されける間、なみだをながしてかたじけなしと申て、かせぎけるが、只今は御譜代の者を御存知なしとて、なみだをながしける。裏と表のなみだなり。是迄は何れ御忠節成られ候御譜代衆、又は我々共の儀なり。さて又子共どもよくよくきけ。此のかき付は後の世に、汝共が御主様の御由来をもしらず、大久保一名の御譜代久敷をもしらず、大久保一名の御忠節をもしらずして、御主様へ御不奉公あらんと思ひて、三てうの物の本にかきしるすなり。何れも大久保共程の御譜代衆はあまた候の間、別の衆の事は、是には書置まじけれ共、ふでのついでにあらあらかき置なり。各のは定めて其家々々にてかきをかるべければ、我々は我が家の筋を委書置なり。先ず御知行下されずとても、御主様に御ふそくに思ひ申すな。過去の生合なり。然とは云共、知行を必ずとる事は、五つあれ共、此の如きに心をもちて、知行を望べからず。又知行をゑとらざる事も五つあれ共、是をばなをかつゑてしするとも、此の心をもちをもつべきなり。第一に知行を取る事、一には、主に弓を彎 べつぎ別心をしたる人は、知行をも取、すへもさかへ、孫子迄もさかると見へたり。二つには、あやかりをして、人に笑はれたる者が知行をとると見へたり。三つには、かうぎをよくして、御座敷の内にても立廻のよき者が、知行を取と見へたり。四には、さんかんのよくして、代官見なりの付たる人が、知行を取と見へたり。五つには、行衛もなき他国人が、知行をば取と見へたり。然共知行を望て、努々此のこころをもつべからず。又は知行をゑとらざる事、第一には、一譜代の主に、別儀別心をせずして、弓を彎事なく忠節・忠功をなしたる者は、必ず知行をばゑとらぬと見へたり。すへもさからず。二つには、武辺のしたる者は知行をばゑとらぬと見へたり。三つには、公儀のなき不調宝なる者が知行をばゑとらぬと見へたり。四には算かんをもしらざる年の寄たる者が知行をばゑたらざると見へたり。五つには譜代久敷者が知行をばとらざると見へたれ共、たとへば知行はゑとらで、かつゑ死ぬる共、必々努々此の心をちを、一つも捨ずしてもつべし。電光朝露石火のごとくなり。夢の世に、何ととせいをおくればとて名にはかへべきか、人は一代名は末代なり」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)