(s0658)
「ケンペルの鎖国論」 |
『鎖国論』 |
「基督教を以て、日本の住民をして、尽く己の祖先なる神々・神聖なるミカドを崇拝尊敬せしむる所の治国法の形式・国民の共和・宗教の一致に背反するものなりと宣言し、国人の度々他国に旅すること、外人の度々此の国に来ることは、是れ此の国土に過せざる新しき精神を招き入るるにて、全く国家に有害なりと信じたり。日本人の思ふ所によれば、他国の神・他国の教は嘗て一たび其の国に於てすべての弊害の本となり、今もなほその余□ありて、いつの世か、未来までもその危虞なきにあらず。危害の著しき癌種に罹れる肢節を切らずして、そして病める身を治せんとあせるともその益更になく、其の泉源を全く塞がずして下流の氾濫を遏めんとするもその功なしと考ふるなり。 此の如くにしてここに国を全く閉塞し、未来永劫これを守衛して、異人の一人をも之より除きて拭ふが如きに掃ひ浄むること、是れ此の国の政治の形式に適し、此の国の天の分野に合ひ、国民の康寧のため、最高君主の安泰の為に必要なることとして、最も嵩高なる皇帝、英明なる執政は、普救的にして永き拘束力のあり子孫何人も犯すべからざる国法を立てたり。是れ即ち、日本は閉鎖すべし、といふことなり。 此の如くして此の国は永久に閉鎖せられて、皇帝は今や其の権威に於て、又目途に於て際涯となるものなく、又妨碍となるものなく、国内の諸侯の権勢は圧倒せられ、臣下の頑強なるは皆征服せられ、外国人の計画と其の影響とは他方に移し遣られ、之に通好するの営みもなく、それの流風を受くるの患ひもなく、一切手足を累はすに足るものなし。今や皇帝は都市・村邑・各種の社会団体、すべて職人の組合までも、厳重な秩序を以て糺し理め、遥か遠き広野僻地などに於ては猥りに都邑に見倣ふことも出来ざるやう郷邑の旧慣習儀を我思ふ侭に検制し、或ひは新たなる格式を以て之に代え、その産業を制定し又限極し。褒賞と賜賓とによりて人民を芸術の発明に励まし興し、一方には監察人を置きて臣下すべてを取巻きて、絶えず之を視察せしめ、厳重に取締りて、之を従順に、勤勉に、高尚なる生涯に、致させいめ、全国を挙げて一つの厚礼恭儀の学校ならしめんとす。此の如くして此の高尚なる幕府は世を古代の幸福に反へし、第一に国内の騒擾を絶やし、彼の国が他に秀で挺でたること、彼の臣民が勇ましく強きことを矜伐として、世界の他国民の嫉妬を後にして、之を軽視し得るなり。此の如くし て日本は世界に於て永久なる神儀の他に何者の恐るべきものなし。 土俗異にして新なるを好むによりて、波爾杜瓦爾人莫大の利を得て無量の財賄を運輸し去る、此事漸く公儀の患となれり。又吉利支丹教の盛に行はるゝ事、新化の徒の合一する事、彼等本国の神仏及び本国の教法を忌嫉むこと、其法の為に他を禦ぎ、自を護るの堅固なる事、これ皆よく国家の恐懼不安の基たるべき事、是等に依て既に明かなり。…此君に至りて終に明かに鎖国の事を挙し、比類なき猛烈の気象をして、三万七千余の吉利支丹を屠戮して、一旦に国中吉利支丹家の残党をたおせり」 |
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現代語訳や解説については下記を参考にしてください |
『詳説日本史史料集』(山川出版社) |
『精選日本史史料集』(第一学習社) |
『日本史重要史料集』(浜島書店) |
『詳解日本史史料集』(東京書籍) |