(s0661)

「江戸参府紀行」

『ケンペル江戸参府紀行』
「我等も騎馬にてなほ四分一里、品川の残りの町を過ぎて、本当の江戸の前町(高輪)に入りしが、彼も此も一つの如くにて、ただ粗末な番所がその分界を標しのみなり。(中略)なほ騎馬にて半時間も行けば、町筋は秩序正しく均同となり、幅広く又麗はしくなりて、我等は始めて我身の都市の中にあるを覚えたり。最も先に目につきたるは魚市場にして其処には海草・海藻・貝類・田螺・魚類、多量にありて、食膳に上するために買入るべし。我等は中央の通筋にかかり、少し曲がりながら、全市を北の方へ貫ぬき、数多の幅広き大橋を越えたるが、泥汚の濠・浅き川並びに幾多の横通りは、左は皇城の方に、右は海の方に向ひて延きたり。橋の一つは長さ四十二間にして、日本国中に其名聞こえ、紛ふ事なき国に中心として、大街道及び各地の距離は皆此処より算へらるるなり。されば特に日本橋即ち日本国の橋と称せらる。(中略)
前記本通りは五十歩の潤さありて、民衆は想像の外に雑閙し、大小名・朝廷の臣僚等の行列行き過ぎ、麗はしく着飾りたる婦人は徒歩又駕篭にて行通ひ、其の間には百人許の消防隊が欧羅巴にも見ゆる如き、軍卒的隊伍して徒歩にて行進するあり。其の征服は褐色の革羽織にして、火事に耐ゆる仕立方をなし、其の中、数人は火事用の矛を負ひ、火事用の鉄鈎を肩げ其の司令長は駒にて中程に打たせたり。商売人・呉服商・香種商・神仏商・書籍商・七宝師・薬種商・立売のもの・呼売のものども、家の中、又は軒先などに立ち並び、或ひは路上に大なる露店をしつらへ、上より半ば黒き布をかけて居るものあり。家々の売品には奇く異しき標紙を挿はさみて路行く人々に知らせたり。我等が通行の際、他の都市に於けるが如くに、一人も我一行を傍観せんとて、家屋の前にあるものを見ず。是れ、斯くも人民衆く優越なる大都市たる土地柄にては毎日の如く威儀荘厳なる行列を見馴たるを以て、我一行の如き行列は、彼等の眼を聳て好奇心を嗾るには余りに微々たる故なるべし」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)