| 「あゝ悲しや此の人を殺しては、女同士の義理立たぬ、まづこなさん早ういて、どうぞ殺して下さるなと、夫にすがり泣しずむ。それとても何とせん、半金も手付を打ち、つなぎとめて見るばかり、小春が命は新銀七百五十匁呑まさねば此の世にとどむることならず。今の治兵衛が四つ三貫匁の才覚、打ちみしゃいでもどこから出る。なう仰山な、それで済まばいと易しと、立て箪笥の小引出し、明けて惜気もなひまぜの、紐付袋押開き投出す一包み、治兵衛取上げ、や、金か、しかも新銀四百目、こりゃどうしてと、我置かぬ金に目覚むるばかりなり。そのかねの出所も、跡で語れば知れぬこと、此十七日岩国の紙の仕切銀に才覚はしたれども、それは兄御と談合して、商売の尾は見せぬ。小春の方は急なこと、そこに四々の壱貫六百匁、また壱貫四百匁と、大引出しの錠明けて、箪笥をひらりととび八丈、けふちりめんの明日はない夫の命、しら茶裏、娘のお末が両面の紅絹の小袖に身を焦がす、是を曲げては勘太郎が手も綿もない袖無しの羽織もまぜて郡内のしまつして着ぬ浅黄裏、黒羽二重の一帳羅、定紋丸に蔦の葉の、のきものかれもせぬ中は、内裸でも外錦、男かざりの小袖まで
、凌へて物数十五色、内端に取って新銀三百五十匁、よもや貸さぬといふことは無い物までも有り顔に、夫の恥と我が義理を、一つに包む風呂敷の中に、情をこめにける。私や子共は何着いでも、男は世間が大事、請出して小春も助け、太兵衛とやらに一分立てて見せて下さんせ」 |