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「農村の分解」

『世事見聞録』
「都て村内にても、上田といえるよき地所は、皆福有等が所持となり、貧農は下田にして実入あしき地所のみ所持いたし、…又その悪田をも取失ひし族は小作のみを致し、高持百姓の下に付て稼尽し、作りたる米は皆地主へ納むれば、其身は粃籾、糟糠、藁のみ得て、年中頭の上る瀬なく、息を継ぐ間さへ得ざるなり。依て盛なるものは次第に栄へて追々田地を取込み、次男三男をも分家致し、何れも大造に構へ、又衰へたるは次第に衰へて田地を離れ、居屋敷を売り、或は老若男女散々になりて困窮に沈みはつるなり。当世、かくの如く貧福かたより勝劣甚しく出来て、有徳人一人あれば、其辺に困窮の百姓二十人も三十人も出来、譬へば大木の傍に草木も生立兼る如く、大家の傍には百姓も野立兼ね、 自然と福有の威に吸取れ困窮のもの余多出来るなり。福有は其の大勢の徳分を吸取て一人の結構と成し、右の如く栄花を尽くし、或ひは他所迄も財宝を費る程の猶予出来るなり。扨又其の盛衰の懸隔なる体を爰に言ふ。まづ右体過分の田畑を持余したるものあれば、耕作すべき地所もなきもの出来、又年貢纔斗納めて有余米沢山成ものあれば、年貢米出来ず領主地頭の咎に逢ふもの出来 、又米五十俵百俵乃至二百俵三百俵とも売払ふものあれば、節句に米の飯も給へ兼ね、正月餅も舂兼るものも出来、或ひは子供を寵愛に余るものあれば、子を売る親も出来、或ひは前にいふ如く家蔵結構座敷をも襖唐紙を立て、畳を敷き、絹布を着たるものあれば、屋根漏り、壁破れ、竹の簀子落ち、古き莚切れ、身に覆ふ衣敝れて、飢寒に堪兼るもの出来るなり。百姓の一揆徒党など発る場所は、極めて右の福有人と困窮人と偏りたるなり。百姓の騒動するは、領主地頭の責誣る事のみにはあるべからず。必ず其の土地に有余のものあって大勢の小前を貧るゆへ、苦痛に迫りて一揆など企るなり。前にいふ如く昔百人のて共に稼来し村方をも、今は五十人程は遊び暮すのみならず、小前を犯すゆへ、小前の五十人は難儀の四重にも五重にも覆ひ懸るゆへ、中々食料たらず、耕作の間に或ひは駄賃を取り、或ひは日雇に出で或ひは手業その外の業を成せども、遠国の事なれば左のみ助成にも成り兼て、身も心も落付べき所なし」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)