(s0780)

「田沼の権勢」

『甲子夜話』
「先年田沼氏老職にて盛なる頃は、予も廿許の頃にて、世の習の雲路の志も有て、屡彼の第に住たり。予は大勝手を申込て主人に逢しが、その間大底三十余席も敷べき処なりき。他の老職の座敷は大方一側に居並び、障子などを後にして居るが通例なるに、田沼の座敷は両側に居並び、夫にても人数余るゆへ、後は又其の中間にいく筋にも並び、夫にても人余り、又其の下に横に居並び、其の余は座敷の外通りに幾人も並び居ることなりき。その輩は主人の出ても見えざるほどの所なり。其の人の多きこと思ひやるべし。さて主人出て客に逢ときも、外々にては主人は余程客と離れて座し、挨拶することなりしが、田沼は多人席に溢るるゆへ、ようようと主人出座の所、二三尺許りを明て客着座するゆへ、主人出て逢ときも、主客互に面を接する計なり。繁昌とはいへども、亦不札とも云べきありさまなり。(中略)予は大勝手の外は知らず、中勝手・親類勝手・表座敷等、定めて其の体は同じかるべし。当年の権勢これにて思ひ知るべし。然ども不義の富貴、信に浮雲の如くなりき」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)