(s1036)

「岩倉具視の意見書ー憲法構想」

『岩倉公実記』
「(前文略) 綱領
 一、欽定憲法の体裁を用ひらるる事
  欽定国約の差別は別紙を以て具陳すべし。
 一、漸進の主義を失はさる事
  付、欧州各国の成法を取捨するに付ては、孛国の憲法尤も漸進の主義に適 する事。孛国の最初に憲法を発するに当って紛糾を生ぜし事跡は別に具陳 すべし。
 一、帝室の継嗣法は祖宗以来の模範に依り新たに憲法に記載するを要せざる 事。
 一、聖上親ら陸海軍を統率し外国に対し宣戦講和し外国と条約を結ひ貨幣を 鋳造し勲位を授与し恩赦の典を行はせらるる等の事
一、聖上親ら大臣以下文武の重官を採択し及親退せらるる事
   付、内閣宰臣たる者は議員の内外に拘らさる事、内閣の組織は議院の左 右する所に任せさるへし。
一、大臣執政の責任は根本の大政に係る者(政体の改革・彊土の分割譲与・ 議員の開閉・和戦の公布・外国条約の重大事の類を根本の大政となすべき 歟)を除く外、主管の事務に付各自の責任に帰し、連帯の法に依らざる事。
付、法律命令に主管の執政署名の事。
 一、立法の権を分たるる為に元老院、民撰議院を設けらるる事
 一、元老院は特撰議員と華士族中の公撰議員とを以て組織する事
 一、民撰議院の選挙法は財産制限を用ふへし、但し華士族は財産に拘はらさ るの特許を与ふへきの事。
 一、凡そ議案は政府より発する事。
 一、歳計の予算に付政府の議院と協同を得ずして徴税期限前に議決を終らざ る歟、あるいは議院解散の場合に当る歟、又は議院自ら退散する歟、又は 議院の集会定めたる員数に満たずして決議を得ざるときは、政府は前年の 予算に依り施行することを得る事。
 一、人民一般の権利各件(各国の憲法を参酌す)。
    意見第一(中略)
 欧州各国に行はるる立憲の政体、其標的は大抵同一なりと雖も、其方法順序は各々其国の開化の度と国躰民俗とに従て多少の異同あり、即ち国会の権に大小の差あること是なり。国会の権其小なる者は僅に立法の議に参預するに止まり、其強大なる者は政令の実権を握るに至る。議院の勢力、各国異同あり。而して最大至強の勢力ある者は英国議院に若くはなし(但し共和国を除く)
 英国の議院は独り立法の権のみに非ず、併せて行政の実権をも把握せり。英国の諺に、英国議院は為し得ざるの事なし、但男をして女たらしめ女をして男たらしむること能はざるのみと。
 何故に英国の議院は併せて行政の実権を把握すと云ふや。英国の慣習法に従へば、英国王は自ら政権を行はずして専ら内閣宰相に責任せしめ、内閣宰相は即ち議院多数の進退する所たり。内閣は多数政党の首領の組織する所たり。議院政党多数の変更ある毎に従て内閣宰相の変更を致し、□転相代りて一輪動きて二輪之に応ずるに異ならず。而して国王は一に議院多数の為に制せられ、政党の贏輸に任じ、式に依りて成説を宣下するに過ぎずして一左一右宛かも風中の旗の如き而已。(中略)
 是に反して普魯西の如きは国王は国民を統ぶるのみならず、且実に国政を理し、立法の権は議院と之を分つと雖も、行政の権は専ら国王の手中に在りて敢て他に譲与せず、国王は議院政党の多少に拘はらずして、其の宰相執政を撰任するものとす。但実際の事情に従ひ多くは議院輿望の人を採用すと雖も、其権域を論ずるときは決して議院政党の左右に任ずること無し。(中略)
 更新以来王化未だ人心に浹洽せず、廃藩の挙怨望の気正に政府に集る。今若し俄かに英国政党の法に倣ひ民言の多数を以て政府の更替するの途轍を踏むときは、今日国会を起して明日内閣を一変せんとするは、鏡を懸けて視るに均し。議者内閣の更替の速なるは国の平安を扶くる所以なりと謂ふ。予は議者の或は英国の成績に心酔して我国の事情を反照せざるものなるを疑ふことを免れず。
 立憲の大事方に草創に属し、未だ実際の微験を経ず。其一時に急進して事後の悔を貽し、或は与へて後に奪ふの不得巳あらしめんよりは、寧ろ普国に倣ひ歩々漸進し以て後日の余地を為すに若かずと信ずるなり」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)