(s1063)

「明六社の設立」

『明六雑誌』
「明治六年七月、余、亜米利加より帰て立社会同の事を謀る、諸君皆嘉して速に之に応じ会談三四回を経て社則設立の議興れり。(中略)立社の本員は惣数十名、即ち西村茂樹、津田真道、西周、中村正直、加藤弘之、箕作秋坪、福沢諭吉、杉享二、箕作麟祥、森有礼、其中独り箕作麟祥君は病に由に退社せり。(中略)明六雑誌の発兌は昨年二月に始まり毎月凡そ二号づつなりしに、同十一月に至りて三号に増し、昨年中の刊行都て二十五号、其冊数十万五千九百八十四、其内既に売出の分八万百二十五冊、即ち毎号三千二百五冊の割合なり。(中略)
第一条 主旨 社を設立するの主旨は、我国の教育を進めんが為に有志の徒会 同して其手段を商議するに在り。又同志集会して異見を交換し知を広 め識を明にするに在り。
第二条 社名 社名を呼んで明六社とす」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)