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「後藤新平の『無線放送に対する予が抱負』」

『日本放送史』
「大正十四年三月二十二日付
 さて諸君、放送事業の職能は少くとも之を四つの方面から考察することが出来ます。
第一は、文化の機会均等であります。従来各種の報道機関や娯楽設備は、都会と地方途に多大の懸隔がありました。御主人は外に諸種の文化的利益を享けつつある間に、家にある者は文明落伍者たる場合がありました。或る階級の者が受くる便益を他の階級の者が受けざる場合も亦無きにしもあらず。然るに我がラジオは、都鄙と老幼男女と各階級相互との障壁区別を撤して、恰も空気と光線の如く、あらゆる物に向かってその電波の恩を均等に且つ普遍的に提供するものであります。
第二は、家庭生活の革新と申しましょうか。従来の家庭なるものは、往々にして単に寝る処か食事する場所なるかの如くに考えられたのであります。かかるが故に慰安娯楽の途は之を家庭の外に求むるのが常でありました。今や電波の放送に依りて家庭を無上の楽園となし、ラジオの機械を囲んで、所謂一家団欒家庭生活の真趣味を味わう事が出来るではありませんか。
第三は、教育の社会化であります。放送の聴取者は今後数年を出でずして幾万幾十万に達するでありましょう。斯くの如き大多数の民衆に対して、而も家庭娯楽の団欒裡にある人に向かって、眼よりせずして耳より日々各種の学術智識を注入し国民の常識を培養発達せしむる事は、従来の教育機関に一大進歩を与うる所でありまして、従って其の効果の顕著なるは、限られた講堂教育の到底企て及ぶ所ではありません。
第四は、経済機能の敏活という事であります。海外経済事情は勿論、株式・生糸・米穀・其他重要商品取引市場が最大速力に於て関係者に報道せらるる事に依って、一般取引の状態が益々活発に運動する事は申す迄もありません。従来の有線電信電話時代の経済機能に対して、ラジオは正に一大革新を与うるものであります」



史料
現代語訳や解説については下記を参考にしてください
『詳説日本史史料集』(山川出版社)
『精選日本史史料集』(第一学習社)
『日本史重要史料集』(浜島書店)
『詳解日本史史料集』(東京書籍)