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「ポツダム宣言受諾の御前会議」

『時代の一面』
「昭和二十年八月九日付
 閣議は二時から開催せられたが、其以前自分は総理に閣議の結果は意見の一致困難があると思ふが、其場合には聖断を仰ぐ以外に方法なしと思ふが、其以前陸相の辞職等に依り内閣の機能を発揮し得られないことのないやうに注意してほしいことを内話した。尚其際松本次官が来て外務省内の多数も此際多数条件を提出しないやうにと希望して居るとの話があった。閣議では自分から蘇連との交渉経過、原子爆弾使用、蘇の参戦に付き説明を加へ、急速なる戦争終結の必要なることを説き、其為には絶対必要なる条件即ち国体擁護のみを留保して『ポツダム』宣言を受諾すべきことを述べた。之に対し陸軍大臣から国体擁護の外に領土、武装解除及戦争犯罪人に付きて条件を附すべきことを主張したので、先刻の戦争指導会議構成員会合に於ける同一の問題に遭逢することとなり、自分は同会合に於ける同一の理由を述べて之に反対した。海軍大臣は戦争を継続する場合到底見込のないことを述べて自分の説に賛成したが、陸軍大臣は本土決戦ともなれば尠くとも一応は敵を撃退し得べく其後は必勝の見込みは立たざるにせよ死中活を得べき公算も出づるかも知れぬと言ふ。之に対し予は先刻構成員会合に於け る統帥部の意見によるも敵の撃退に就いては充分の見込はない、又之に大損害を与へても其後敵に対する日本の比較的地位は反って上陸戦以前よりも不利となることを述べて反対し、議論数刻に渉った。しかし意見の一致をみないので総理は外務大臣の意見に対する賛否を各閣僚について求めたが、一部は反対であり、或者は曖昧であったが、多数閣僚は自分に賛成であった。
 然るに総理は自分と同時謁見して上奏したいとのことであったから閣議はその侭として参内した。そして総理は自分から説明して呉れとのことなので、共同拝謁して今迄の議事の経過を詳細に申上げた。総理は今夜直ちに最高戦争指導会議の御前会議を開くやうに御許しが願にがいことを申上げ、其御許しがあったので同夜十二時直前から御前会議が開催された。同会議には総理、陸海軍大臣、両総長及自分の外平沼枢府議長が特旨を以て列席仰付けられたが、幹事として迫水書記官長、池田総合計画局長官、吉積陸軍軍務局長、保科海軍軍務局長が出席した。総理が先づ今朝構成員の会合に於て『ポツダム』宣言受諾につき審議せるも意見の一致を見ざりを次第なるが、ここの親しく御聴取を願ひ度いことを述べ、議案として『ポツダム』宣言を受諾するも同宣言には天皇の国法上の地位を変更するの要求を含まざるものと了解すとの案と前述の四件を併記したものとが提出せられた。自分は□に構成員会合及閣議に於て述べたと同一の趣旨、即ち戦局甚だ不利となった今日戦争を速に終結する必要があることと、それには『ポツダム』宣言を絶対必要の条件即ち第一案により受諾するを可とすること、若し 然らざるに於ては国際状勢より見て決裂の覚悟を要すること、決裂した場合猶一戦は交へらるることは然るべしと思ふがそれが好結果であった場合にも日本の敵国に対する地位は却而不利となる懸念大なること、従て此際速に第一案によって戦争を終結するの必要なることを詳細に述べた。海相は簡単に外務大臣の意見に全く同意なることを陳述したが、陸相は国体問題以外の三条件をも提出することの必要を述べた。平沼議長は一二質問を発した後に、第一案の留保を天皇の国家統治への大権を変更するの要求を含まざるものと了解すとの修正を力説した。右修正は差支へなしとのことになったので第一案に賛成せられたが、依然全部の意見は一致を見ない。そこで総理は甚だ恐懼に堪へぬが御聖断を仰ぎ度いことを申上げた。陛下は静かに発言せられて、外務大臣の意見に賛成である、何となれば従来軍の言へる所は屡々事実に反するものあり、従て必勝の算ありと言ふも信じ難し、現に九十九里浜等の設備も未だ完成せず、仍て忍び難きを忍びて三国共同宣言の条件を容れ、国体の安全を図る必要有りとの趣旨の御沙汰を拝した。二時半頃会議は終了したので、三時から閣議が開催せられ、全員挙げて原案に 賛成決定した」