有 政 ええ。ヤフーで「忠臣蔵」と入力すると、300万件のうち10番以内に私のサイトがありますので、ご覧いただけば、無限の可能性を実感して頂けると思います。 有 政 私は、教科書から見た忠臣蔵というテーマで高校生にHP作りを行なわせています。その結果、例えば、大石内蔵助が、8歳から17歳までの最も多感な時期に山鹿素行と同じ赤穂の空気を吸っていたことを実感した作品が生まれました。山鹿素行が赤穂に流される時、幕府の役人から「家族に連絡は?」と聞かれ、山鹿素行は「家を出るときは、どんなことがあっても後悔しないよう、心がけているので、家族への連絡は無用」、つまりいつも死を覚悟して言動していたと解説した時、生徒が非常に衝撃を受けて作った作品もあります。また、有名な学者である室鳩巣の口から「討入り武士を育てたのは赤穂の風土だ」という赤穂の地名が出てきた時の作品もあります。さらに、松島栄一氏が岩波新書の『忠臣蔵』で、「忠臣蔵は日本の思想史である」と主張したことに故郷の誇りを感じた時の作品もできました。  大石内蔵助は、命をかけて、喧嘩両成敗をなし遂げました。これが人気の秘密ですが、何故、赤穂義士というのでしょうか。実は、江戸幕府は、赤穂浪士の討入りについて様々に議論し、「赤穂浪士46人が徒党を組んで吉良上野介を討ったのは重罪に値する」という裁定を下しました。当時、徒党(罪)に対して獄門(罰)は、天下の公法でした。当然、赤穂浪士も獄門になるはずです。しかし、実際の罰は「武士としての切腹」でした。当時の庶民、旗本、大名、学者までもが、赤穂浪士の討ち入りを支持したのです。その結果、赤穂浪士は赤穂義士となったのです。私的に誠を尽したり、会社に命を懸けたりすることが義ではありません。命を懸ける対象が庶民に支持されて初めて、義となりうるのです。  最近では、朝日新聞の天声人語が「忠臣蔵は、『源氏物語』と同じく国宝である」と紹介しています。  封建主義社会の考えや行動を民主主義社会の私たちがそのまま取り入れることは出来ませんが、山鹿素行や内蔵助は今の私たちに「命をかけるほど真剣に言動をしているか」と、非常に厳しく問いかけていると思います。 有 政 私のボランティア塾では小学1年生から80歳の方までがホームページをアップしています。今の時代は、どこからでも、誰でも、お金がなくても、情報の発信ができる時代です。自分しかできない情報発信を期待されている時代でもあります。 有 政 次代を担う若者や地域に支持されない文化は衰退します。現在、ユーチューブ上で「動画忠臣蔵」をアップしています。若者が支持する方法で、山鹿素行や大石内蔵助の教えや実践を具現化したいものです。  終わりに、忠臣蔵は日本思想史であり、国宝的な意義を持っています。今、それぞれの立場で、責任を果たすことが求められていますが、その答えは、山鹿素行・忠臣蔵の中にあります。  若者に支持される方法、地域に支持される方法を使って、自分しかできない目線で、日本や世界に忠臣蔵の情報を発信していきたいと思っています。一緒に頑張りましょう。