義士研究家 有政一昭
【1】忠臣蔵の人気の秘密にせまる
(1) 事件そのもの(史料1「この間の遺恨覚えたるか」)
(2) 事件の背景
いろいろな理由(いじめ、賄賂、塩田、病弱など)→不明
吉良家(華麗な一族)と浅野家(有力外様大名の分家)
(3) ドラマの開始
老中の決定
史料2「先刻ハ公儀より療治被仰付」→「只今ハ療治被仰付之沙汰ニハ不及」→喧嘩
将軍綱吉の不公平な裁き
史料3「場所柄も不弁自分宿意ヲ以及刃傷候段不届ニ付其身は切腹被仰付、
 上野介儀御場所ヲ弁不致手向神妙之至・・・随分大切ニ保養可致候」
(4) 大石内蔵助と山鹿素行(8歳から17歳まで)
山鹿素行の教え(史料4「君の儺を奉ずる事、是れ勇士の節に死する大義也」)
大高源五(史料5「かたきを、安穏にさしおき可レ申様武士の道にあらぬ事にて候」)
(5) 「身は切腹・お家は断絶」に対する内蔵助と堀部安兵衛の対立
藩札の6分換え→内蔵助の評価(史料6「この城中にかやうのはからひする人もありしや」)
内蔵助の立場
@幕府の不公平な裁き→法による公平な裁きを主張
史料7『大学・・・御奉公モ相勤り候様ニ奉レ願候』)
A受城目付1500石荒木(大目付)の公約
史料8『委細被聞召届候、可及言上旨被仰聞候』)を遵守
安兵衛−不公平な裁きには不公正な裁き(暴力)を主張
史料9「擲身命候テ亡後ニ志ヲ顕申ヨリ外ハ無之」
(6) 安兵衛をつき動かす江戸の庶民感情
江戸の異様な雰囲気→原・大高も過激派に
史料10『上方ニテ存候トハ違ヒ三人ノ所存尤ニ候』
@生類憐みの令→庶民の不満(水戸黄門ですら意見出来ず)
A貨幣改鋳によるインフレ政策→庶民の不満
B改易→大名の恐怖心
上野介の屋敷を本所に移す
史料11「内匠殿衆ノ仕合存念ハ可達時節ト専取沙汰仕候」
(7) 分裂の危機を救った浅野大学処分
安兵衛らは内蔵助と離れて討ち入り同士を招集(史料12「離候方ニ益多ト被存候」)
幕府は大学を広島本家お預けの処分
史料13「知行召上げ候につき、安芸守本国へ引取り申すべし」
公約の不履行→内蔵助は討ち入りによって再度幕府の裁きを受ける決意
(8) いざ討ち入りへ
同志の淘汰(脱盟者で1人の密告者もなし)→協力
討ち入り日時の情報は羽倉斎や山田宗匠ら協力
史料14「尚々彼方の儀は、14日の様にちらと承り候」
吉良邸周辺の旗本
史料15土屋「火事装束体相見申候、尤闇く候故碇と分り不申候、此外ハ何ニ而も不存候」