神崎与五郎則休

かんざき よごろう のりやす


木像は、赤穂開城後江戸に出て、小豆屋善兵衛と名乗る町人に身をやつした与五郎が、吉良邸の門前に店を構え、火事と云っては屋根に登り、雨が漏る、風が吹くと云っては、屋根の上から吉良邸の中を見降ろして、敵情を探っていた苦心の姿である。
(日展文展・入選十一回 目下寛治作)
(赤穂市大石神社蔵)

その他のデータ
生国 美作
生年 寛文六年(1666年)
没年 元禄十六癸未年二月四日
享年 三十八
屋敷 赤穂城下
仮寓 播州赤穂郡那波、江戸麻布谷町、本所相生町二丁目
変名 美作屋善兵衛・小豆屋善兵衛
切腹場所 水野監物忠之中屋敷
介錯人 田口安右衛門
戒名 刃利教劔信士