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海浜公園から見た赤穂高等学校

  2011年04月14日 2011年03月14日
新聞に見る
赤穂高等学校
赤穂高全日制は254人受験   県郡市区駅伝、赤穂市女子が4部V
役立つリンク集   大学・短大の検索   赤穂「忠臣蔵」検定後、
私も義士史跡を案内
高校生が作った
学校の花
  学校と学校周辺の花(10月)   学校と学校周辺の花(9月)
赤穂高等学校の紹介   学校の歴史   進路状況
私のホームページ(2010年2月現在、3/41万3000件)
ホームページ再刊の辞
 私は、忠臣蔵のふるさとである赤穂で生まれ、赤穂で育ちました。
 私の最後の勤務校が赤穂高等学校となりました。2002年3月31日に退職しました。
 生徒には離任、私には退職の挨拶の一節です。
 「人生は1つしかない。いつも、いい方向で物事を考えている。私は6つの高校を経験しました。1つ目が3年、2つ目が9年、3つ目が3年、4つ目が9年、5つ目が3年、6つ目が9年、3年と9年、つまり3と9です。山も川も谷もありました。しかし、今振り返ってみると、私の教師生活は生徒諸君や先生方に支えられて、本当に素晴らしいものでした。忠臣蔵のふるさとにある赤穂高校で教師生活を締めくくることが出来ました。最高に幸せでした。3と9、39、サンキュー、ありがとう!」
 退職して、5年と半年が過ぎようとしています。
 幸い、私のホームページ「忠臣蔵のふるさとへようこそ」は1996年にアップしてまもなく11年目になり、検索エンジンでは124万件の内5位に位置しています。
 退職後の2004年3月、著作権をクリヤーして始めた「自己採点用高校日本史」は280万件の内1位、「エピソード高校日本史」は157万件の内1位となっています(2007年8月31日現在
 在職中、「赤穂高等学校の紹介」と題して、ホームページをアップしていました。退職後は、「問題があっては」と思い削除しようとすると、楽しみにしていた生徒や保護者から、「思い出に残しておいて欲しい」と言われ、そのまま、現在までやってきました。
 最近、私の「忠臣蔵」や「高校日本史」のホームページを見たり、聞いたりした市外・県外に在住している卒業生から、私が編集する「赤穂高等学校」のホームページの再刊の要望がありました。
 現役を離れている者にはとても、その要望を叶えることは不可能です。しかし、切なる願いが多くなるので、NIE(教育に新聞を)という趣旨で、朝日新聞社・神戸新聞社・赤穂民報社などの報道機関から了解を得て、「赤穂高校生が活躍する新聞記事」を掲載することは可能だという結論に達し、ここに再刊する次第です。
 私は、軽くて、シンプルなホームページしかできませんが、お役に立てればと思っています。
 最近、軽くて、シンプルとはどんなホームページかというメールがありました。
(1)軽くとは、全ての人に見てもらうために、1ページの写真の重さを6万バイト以下にすることです。
(2)シンプルとは1ページ1テーマとして、スクロールせずに、画面に納めることです。
 なかなか、難しいことですが、そう心がけて作るということです。
 退職後、中止していた「赤穂高校」を、ある事情で、6年ぶりに「私が勤めていた赤穂高校の紹介」として再刊しました。検索すると、中止により番外だった私のページが、再刊後3ヶ月で 12.3万件の内6位にランクされました。この3原則の成果です。
 ホームページスペースの関係で、定期発行でなく随時発行とします。今後ともご愛読をお願いします。

写真提供:木村写真館(赤穂市)

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