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1701年4月9〜10日
元禄14年(1701)
4月9日
 江戸を3月26日に出発した広島藩(浅野本家)の使者井上団右衛門(従者51人)・丹羽源兵衛(同30人)・西川文右衛門(同7人)らが開城諭告書をもち江戸より赤穂へ到着する。「作法よく開城するように」と申し入れる。 
 植村七郎右衛門は、江戸に帰る。

4月10日
 井上団右衛門は、戸田権左衛門との協議によって、内蔵助に対して物頭(足軽などの隊長)を寄こすよう申請する。
 赤穂を3月28日に出発した戸田源五兵衛が江戸に到着する。

 岡山藩が触書を出して境の警戒を命じる。

 赤穂藩士猪子源兵衛が金子1312両を江戸より持参する。

 この日まで、赤穂藩士はひとりとして欠ける者はいなかった。

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