相生の昔話

(07)芋(いも)ころばし

 寺から、村中の者を招待することがあった。
 村には誰も行儀(ぎょうぎ)を知ったものがないので、庄屋(しょうや)さんに相談にいった。
「とにかく、みんな、わしのする通りにしたらええ」
と教えられた。
 その日になって、皆は一つ一つ庄屋の方を見ては、食うたり飲んだりしていた。
 そのうち、庄屋の箸(はし)が狂うて、芋が一つ膳(ぜん)のそとへころんで出た。
 皆も、これが行儀の法じゃと思って、芋を一つづつ膳のそとへころばかした。
 庄屋は、あわてて、芋をはさみ上げようとしたが、中々挟(はさ)めない。
 芋は、つぎからつぎへところびまわった。
 皆も、それを行儀の法じゃと思うて、わざわざ芋をころばかして、箸で追いまわした。
 庄屋さんは、おかしくてたまらず、にわかに立上って、表へ走って出た。
 皆も、それが行儀の法じゃと思うて、つづいて走って出た。
 庄屋さんは、あまり笑うて、腹がゆるんだので、ふんどしがはずれて、だらりとさがった。
 皆も、それが行儀の法じゃと思うて、急いで「マエカ」をはずして、ふんどしをさげた。
 その中に、一人まだ若い男がおって、
「わし、ふんどしが無いんじゃあ」
とわめいた。

注1:「庄屋」は、江戸時代の村役人(村方三役)の1つですが、明治初期にも存在していました。
注2:「行儀」は、作法(マナー)という意味です。
注3:「ころばかして」は”転ばせて”という意味です。
注4:「ふんどし」は、「褌」と書き、大人の男性が着用する伝統的下着です。木綿の晒(さらし)が使われ、幅34センチ、長さ約2メートルもあるところから、「六尺褌」ともいわれます。ここでのオチは、子供は褌を着用できないので、皆の真似が出来なかったということです。
注5:「マエカ」は、ふんどしの端を、三角なりにして前に挿んだ部分です。
挿絵:立巳理恵
出展:『相生市史』第四巻