相生の昔話

(16)炮烙売(ほうらくうり)の出世

 昔、炮烙売(ほうらくうり)がおった。ある日、一枚も売れないで、疲れて帰ってくる途中に、一つの坂があった。坂のだいに、一人の武士が寝ていた。こわごわその前を通りすぎて、下り坂の半分所まで来たが、どうもおかしかったと思うて、また武士の所までもどってみた。武士は、もとのまま少しも動いていない。これは死んでいるのだろうと思うて、杖をふりあげて、おんまく武士の頭をクヮンと叩いておいて、一目散(いちもくさん)に逃げて下(お)りた。
 また、半分どこまで来たが、別に追っかけてくるようにもない。またあと戻りして、武士の懐(ふところ)に手を入れて見ると、冷たい。いよいよ死んでいるにちがいない。懐をさぐってみると、紙入れがあって、金もたくさんはいっている。炮烙屋は、紙入れを取って、わが懐に入れて、また一目散に逃げておりた。
 また、半分どこまできたが、外には誰も人がこない。また考えて、もとの所までもどって、武士の着ている着物から、羽織(はおり)・袴(はかま)・大小(だいしょう)まで皆取って、トウドウ坂の裾(すそ)まで飛んでおりた。家に帰ると、もうおそかった。
 「ウラ(自分)は、明日から、もう炮烙屋はやめて、町へ出て武士になるんじゃ」
というて寝た。
 あくる朝、未明(みめい)から起きて、武士の姿になり、刀を差して町へ出て行った。町について見ると、一町内一ぱいの大きな立札が出ていて、何やら大きな字が書いてある。炮烙売は、朝から晩まで、その前に立っていたが、もとから字を知らないので、なんにもわからない。
 そこへ、一人の老人が来て、
 「けさから、何しよってんだす」
という。
 「あの初めの字が一つだけ分らんので、考えとるんじゃ」
と炮烙屋がいう。老人の話で、この立札には、ここの金持某(それがし)の家に、毎夜、化物(ばけもの)が出る。それを退治してくれた人は、一人娘の婿(むこ)にする、と書いてあることがわかった。
 炮烙売は、その金持の家を訪ねて行って、
 「わしは、日本中武者(むしゃ)修業(しゅぎょう)にまわる者じゃが、立札を見て寄ってきた」
といった。その家では、えらいご馳走(ちそう)をして、その夜は二階に寝させた。
 寝ながら見ると、鴨居(かもい)に、槍(やり)や薙刀(なぎなた)、弓、鉄砲(てっぽう)などの軍(いくさ)道具が、たくさんかけてある。見たことのない物ばかりだから、まず鉄砲を取りおろして、ひねくりまわしていたら、にわかにズドーンと鳴出(なりだ)した。びっくりして、
 「しもたことした」
と思うていると、家の番頭が飛んで上ってきて、
 「まことに有りがとうございました。只今(ただいま)、押入(おしいれ)から出かかっていた化物が、お侍さんの鉄砲で、うまいこと退治されました」
という。
 炮烙売は、これで金持の家の娘婿になった。えらい武士が、金持の家の婿にきたそうだとの評判が、四方へひろがった。そのうちに、遠方の百姓がきて、その村に近ごろ化物が出て、田畑を荒して困っているから、退治してもらいたいと頼んだ。炮烙売の武士は、おそろしいなと思ったけれども、仕方がないから行くことにした。
 金持の娘は、その婿さんが、あんまり、やだな男だから、もう帰ってきてくれないようにと思うて、弁当の握り飯(にぎりめし)の中へ、そっと毒を入れて、持たしてやった。炮烙売の武士は、そんなことは何も知らないで出ていった。
 化物のくる所は、村里から離れて、淋しい藪(やぶ)かげだった。村の人たちは、そこに臨時の小屋を建てて、侍だけを一人残して置き、
 「よろしくお頼み申します」
というて、日の暮れない先に、皆々引取ってしもうた。
 あとで、炮烙売の侍は、一人になるし、日は暮れてくるし、だんだんおそろしくなってきた。夜中ごろになって、向うの方から、ゴーットえらい音がして、なまぐさい風が吹いてきたかと思うと、おそろしい光り物が二つ並んで、こちらに近づいてきだした。炮烙売は、もう、じっとしてはおられない。思わず知らず小屋を飛び出し、片わきの柿の木に逃げのぼり、ふんどしでからだを木にくくりつけて、がたがたとふるうていた。
 そのうち、化物が柿の木の根もとまできた。見ると大きな蛇体(じゃたい)、光りもんは、その目玉だ。大きな口を上向きにあけて、今にもとびかかって、一口に取って食いそうにしている。炮烙売は、
 「なんまんだうつ。なんまんだうつ」
といいながらふるうていた。あまりふるうたので、懐に入れていた握り飯が、ころっと出て、ちょうど上向きにあけていた蛇体の口の中へ、ぱたっと落ちた。蛇体は一時に静かになった。
 夜があけて見ると、蛇体は死んでいる。炮烙売りは、そろそろ木からおりて、蛇体の両眼に矢を一本づつ突きさしておいて、小屋に帰って寝ていた。
 やがて村の人たちが来てみると、侍は小屋の中で心持(こころもち)よさそうに寝ている。
 「どがいだしたな」
と尋ねると、
 「うむ、ゆうべ、何か知らん、ざわざわ来たようだったさかい、矢を一、二本、はないてみたが、音がせんようになったんで、また寝た。まあ、そこらを見てきてくれ」
という。出て見ると、大きな蛇体が、柿の木の下で、両眼を矢で射られて倒れている。これは、いよいよえらい人じゃ、という評判になった。
 その評判は、とうとう、お殿様の耳に入った。そがいにえらい者なら、家来(けらい)に抱えたいというて、五、六人の侍を炮烙売の家来につけて、馬で迎えによこされた。炮烙売は、これは困ったことになってきたと思うたけれども、仕方なしに出て行くことにした。供(とも)の侍たちは皆、達者(たっしゃ)の馬に乗る。炮烙売は、まだ一度も馬などに乗ったことがないので、一番尻から遅れて歩いていった。
 道に、大きな川を渡るところがあった。供の侍は、バサ・バサとうまく渡っていった。炮烙売はいよいよ困って、川のまん中で、バサッと馬から落ちた。そして、落ちた拍子に、大きな鯉を一匹つかんだ。
 供の侍たちは、びっくりして、後戻りして、
 「けがはあれしまへなんだか」
というて尋ねた。
 「いいや、けがもなんにもないが、今日、はじめてお殿さんにお目にかかるのに、何にもお土産(みやげ)が無(の)うてはいけん。今、ここでちょっとした鯉が目についたさかい、取りにおりてみただけのことじゃ」
という。えらい人じゃというて、侍たちは、また感心した。
 さて、いよいよ殿さんの所についた。殿さんは、その目の前で、
 「手のきいた家来たちと、剣術をして見せい」
といいつけられた。炮烙売は、いよいよこれは困った事になってきたものじゃと思うた。仕方がないから、まず供の侍たちを、前に立合わせて、ははあ、ああいう具合にやるもんじゃなと思うて見ていた。とうとう、わが身の番になってきた。前に供の侍のを見た通りにやろうと思うても、ちっとも思うようにならない。そのうち、相手から、むちゃくちゃに叩かれて、
 「こらえてくれえ、助けてくれえ」
といいながら、あちらこちらへ逃げ廻り出した。
 ひょっと気がついて見ると、今までのことはみんな夢で、あまり朝寝をするものだから、嫁さんや子供らがよってたかって、頭を叩いているのだった。

注1:「炮烙」とは、「素焼の平たい土鍋」という意味です。
注2:「おんまく」とは、「思いきり」とか「力一ぱい」という意味です。
注3:「坂のだい(台)」とは、「坂の上の高く平らなところ」という意味です。
注4:「半分どこまで来た」とは、「半分のところまで来た」という意味です。
注5:「懐」とは、「着た着物の内側の胸のあたり」という意味です。
注6:「大小」とは、「大刀(だいとう)と小刀(しょうとう)」という意味です。
注7:「未明」とは、「夜がまだ明けきらないころ」という意味です。
注8:「何しよってんだす」とは、「何をしているんですか」という意味です。
注9:「某(それがし)」とは、不定称の人代名詞で、「だれそれ」という意味です。
注10:「鴨居(かもい)」とは、「敷居(しきい)に対応させて上に渡した横木」です。
注11:「しもたことした」とは、失敗したときにいう「しまったことをした」という意味です。
注12:「ひねくりまわしていたら」とは、「あちこち触っていたら」という意味です。
注13:「やだな男」とは、「難点のある男」という意味です。
注14:「ふんどし」とは、「男の下帯」です。
注15:「ふるうていた」とは、「ふるえたいた」という意味です。
注16:「光りもんは」とは、「光る物は」という意味です。
注17:「なんまんだうつ」とは、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」という意味です。
注18:「心持(こころもち)よさそうに」とは、「気持ちよさそうに」という意味です。
注19:「どがいだしたな」とは、「どうでしたか」という意味です。
注20:「そがいに」とは、「そんなに」という意味です。
注21:「けがはあれしまへなんだか」とは、「けがはしませんでしたか」という意味です。
挿絵:立巳理恵
出展:『相生市史』第四巻