相生の昔話

(18)いうなの地蔵

 高取(たかとり)峠(とうげ)にお地蔵さんがあります。

 昔、このお地蔵さんの前で人が殺されました。悪者はお地蔵さんに、
「お前のみたことは、人にいうな」
といったら、お地蔵さんは、
「わしはいわぬが、われいうな」
とおっしゃったので、(悪者は)驚いて逃げ出しました。

 人殺しがあったという噂に、人々はおそれて、しばらくはお詣(まい)りする人も、通る人も少なくなっていました。
 それから何年かたったある日のこと、犯人がふたたび此所(ここ)に来て、お地蔵さんにいいました。
「おれの人殺しのこと、約束を守っていわなかったなあ」
と、いったとたん、尾行してきた岡っ引(おかっぴき)に悪者は捕えられたということです。

 この時以来、「わしはいわぬが、われいうな地蔵」とよばれるようになりました。

注1:「高取峠」とは、兵庫県相生市と赤穂市の境にある峠です。
注2:「われいうな」の「われ」とは、俗語の二人称の代名詞で、「あなた・君・お前など」の意味があります(『日本語俗語辞書』)。つまり、「われいうな」とは、「お前 言うな」という意味になります。
注3:「おれの人殺し」の「おれ」とは、俗語の一人称代名詞で、自分のことを意味します。「われ」に対し「おれ」の関係にあります。つまり、「おれの人殺し」とは、「自分(わし)の人殺し」という意味になります。
注4:「岡っ引」の「岡」の語源は、「そばにいて手びきをする」です。江戸時代、諸役人の手先となって犯人の探索・逮捕を助けた私的な使用人です(『日本語大辞典』)。
挿絵:立巳理恵
出展:『相生市史』第四巻