京都に住んでいる甥の嫁さんと時々電話で話します。先日の話によると「私専用のパソコンを買うことにした。大学生の娘は勉強にインターネットは不可欠。パパは仕事で使っている。自分は中学生の息子と共用していたが最近、中学校のレポートは『パソコンで打って送って来い。』と言われているので息子に占領されてしまった。お手紙・連絡事項は印刷物もあるが学校のホームページで見るので家族で一人に1台いる。だから今からパソコンを勉強しようと思う。」と言っていた。「ヘェー、京都では学校からの便りはインターネットで見て、中学生からレポートはパソコンで打たせているのか!」と、びっくり。
また、近所の子(小学校2年生)は文字もよく知らない幼稚園の時からパソコンをさわっている。そして数回やり方を教えると自分でインターネットで検索して次に遊びに行く所を探すという。
反対にインターネットはしないし新聞も本も読まない。入る情報はテレビのお笑い番組だけという子もいる。
インターネットを使って情報をどんどん取り入れて知的好奇心を満たし、更に自分で調べて豊かな生活にしている子。反対に地域のリーダーや学校・親がそういうことに疎くて旧態然としている場合、両者の情報の格差は広がる一方。数年前にある田舎の自治体の長が「この町の将来は子どもたちに懸かっている。この田舎の子ども達こそ色々な情報に接していないと都会の子と差がついてしまう。」と予算を組んで子ども達に順番にパソコンを家に持ち帰らせている。というのを聞いたことがあり、さすが先見の明があると感心したのを思い出す。どうせ大人になればするのだからと言って放っている間にそれを駆使している子との格差は広がるばかり。どんな状況の子も情報から取り残される事がないように願っている。
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