| 第3 | 当裁判所の判断(114P) | ||
| 1 | 判断の大要 当裁判所も、原審同様、控訴人らの各請求は、当審で拡張さ れた分を含めていずれも理由がないものと判断する。 その理由の骨子は、次のとおりであり、詳細は、後記2以下 のとおりである。 | ||
| (1) | 「太平洋戦争」の記述は控訴人梅澤の、「沖縄ノート」の 各記述は控訴人梅澤及び赤松大尉の、各社会的評価を低下さ せる内容のものであったと評価できること、しかし、これら は高度な公共の利害に関する事実に係わり、かつ、もっぱら 公益を図る目的のためになされたものと認められること、以 上の点は、おおむね原判決が説示するとおりである。 | ||
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| (2) | 座間味島及び渡嘉敷島の集団自決については、「軍官民共 生共死の一体化」の大方針の下で日本軍がこれに深く関わっ ていることは否定できず、これを総体としての日本軍の強制 ないし命令と評価する見解もあり得る。しかし、控訴人梅澤 及び赤松大尉自身が直接住民に対してこれを命令したという 事実(最も狭い意味での直接的な隊長命令―控訴人らのいう 「無慈悲隊長直接命令説」)に限れば、その有無を本件証拠 上断定することはできず、本件各記述に真実性の証明がある とはいえない。 | ||
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| (3) | 集団自決が控訴人梅澤及び赤松大尉の命令によるというこ とは、戦後間もないころから両島で言われてきたもので、本 件各書籍出版のころは、梅澤命令説及び赤松命令説は学会の 通説ともいえる状況にあった。したがって、本件各記述につ いては、少なくともこれを真実と信ずるについて相当な理由 があったと認められる。また、「沖縄ノート」の記述が意見 ないし公正なる論評の域を逸脱したとは認められない。 したがって、本件各書籍の出版はいずれも不法行為に当た らない。 | ||
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| (4) | 本件各書籍(「太平洋戦争」はその初版)は、昭和40年 代から継続的に出版されてきたものであるところ、その後公 刊された資料等により、控訴人梅澤及び赤松大尉の前記のよ うな意味での直接的な自決命令については、その真実性が揺 らいだといえるが、本件各記述やその前提とする事実が真実 でないことが明白になったとまではいえない。他方、本件各 記述によって控訴人らが重大な不利益を受け続けているとは 認められない。そして、本件各記述は、歴史的事実に属し日 本軍の行動として高度な公共の利害に関する事実に係わり、 かつ、もっぱら公益を目的とするものと認められることなど を考えると、出版当時に真実性ないし真実相当性が認められ 長く読み継がれている本件各書籍の出版の継続が、不法行為 に当たるとはいえない。 | ||
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| (5) | したがって、控訴人らの本件請求(当審での拡張請求を含 む)はいずれも理由がない。 | ||
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| 2 | 検討の対象について(116P) 当裁判所は、本件訴訟の主要な争点は、先に原判決の事実摘 示を引用して示したとおり、(A)本件各記述が、控訴人梅澤の名 誉を毀損し、控訴人赤松の亡兄に対する敬愛追慕の情を侵害す るもので不法行為に該当するか否かなどの点(原審争点@ない しG)であるが、当審においては、さらに、次のような点につ いても十分な検討を要するものと考える。それは、(B)発刊当時 は真実性ないし真実相当性が認められてその後も出版が継続さ れている書籍について、新たな資料に基づき名誉毀損の不法行 為を主張して損害賠償請求あるいは出版継続の禁止を求め得る のはどのような場合かという点、及び、(C)本件各記述の摘示事 実及び論評の前提とする事実、すなわちそれらの真実性ないし 真実相当性の立証の対象となる事実を、どのようなものとして とらえるのが相当であるかという点である。 上記(B)の点は、主に以下のような事情に関わる。すなわち、 控訴人らにおいても本件各記述が発刊当時においては少なくと も真実相当性を有していたことは争わず、その後昭和48年こ ろ以降に発刊された資料等によると真実性はもとより真実相当 性も失われたとして、その時以降の出版継続の不法行為該当性 を主張しているものである。そして、控訴人らは、当審におい て、原判決で真実性が認められないと判断された以上それ以降 の出版継続は当然に不法行為に該当するとして、請求の大幅な 拡張を行った。他方、本件各記述は、歴史的事実に属する沖縄 戦における日本軍の自決命令の有無という高度な公共の利害に 関する事項に係わり、かつ、もっぱら公益を目的とするもので あると言い得るところ、これを含む本件各書籍は、版を重ね世 代を超えて読み継がれてきたものであり、その出版継続の禁止 については、言論出版の自由、公共的事項に関する表現の自由、 歴史的事実探求にかかる思想信条の自由というような重大な憲 法上の法益との関係で、慎重な考慮を必要とする。これらの点 からすると、上記(B)の点が当審での重要な争点となることは明 らかである。 次に、上記(C)の点については、本件各書籍(「太平洋戦争」 についてはその初版)は昭和43年及び昭和45年に刊行され て以後出版が継続されてきたものであるところ、戦後60年余 り、書籍刊行後も40年前後の時の経過と世代の交代により、 一般の読者の関心や本件各記述の読まれ方、さらには、集団自 決への日本軍の関わりをどのような次元においてとらえるかと いう歴史的事実についての一般の認識自体が、大きく変化して きていることが考えられる。そのような変化や社会情勢の変化 は、本件各記述の意義や、それが個人の社会的評価としての名 誉に及ぼす影響、さらには名誉毀損との関係で証明すべき真実 性ないし真実相当性の内容などについても変化をもたらすと考 えられるから、(C)の点についての検討が必要となってくる。 また、原審口頭弁論終結後に、原判決では結論が出ていない 状態とされた平成18年度教科書検定について文部科学省の判 断が明らかになり、そのことなども根拠にして控訴審で請求の 大幅な拡張がなされ、また、控訴人梅澤が自決をしてはならな いと厳命し、これを受けて村長が住民に解散を命じたことを直 接聞いたとする宮平秀幸新証言があらわれて大きく取り上げら れているので、これらの評価については、控訴審としても新た な判断が求められている。 そこで、当裁判所は、以上のような点をも踏まえながら、本 件事案を検討してゆくこととする。 | ||