前回「こりゃあ ものにならんぞ」と言われていた彼女の続き。
我が家でした時には出来たのに家に帰ってすると出来なくなる。2・3日前に出来た事がもう出来ない。何時間もかけてページを作ったのに何処かに行ってしまって出てこない。肩は凝るし目はボーッとなるし泣きたくなると言う。彼女も私と同じでパソコンの画面に出てくるカタカナ言葉がさっぱり分からなかった。横文字単語を辞書でひいても意味が全然理解できない。本も5・6冊買って読んだけれどもチンプンカンプン。それなら電話をかけてきて聞けばいいのにそれもしない。負けん気が強い彼女は、「機械オンチのあの同級生に出来て、自分に出来ないはずがない!」と悔しがり、夜中の1時・2時までも孤軍奮闘していたようだ。
でも「パソコンはやめた!」と思ったことは一度もないと言い切る。それは彼女に「したい!」と熱く思うものがあるからだ。写真入りの葉書を何としても作りたいという願望をもっていた。それで、夜中までかかって、ウンウン唸りながらもやり続けた。何とか葉書らしくなって、さて印刷しても文字が変な所に飛んでいってしまったり、写真が切れてしまったり。反故にしたインクや用紙代は膨大なお金である。が、お金より生きがい!と、出来上がった時の近所の人たちや友達の喜ぶ顔を思い描きながら頑張った。
そういう姿にご主人は、「まいった!」 「えらい!」と驚いている。子供たちは、「すぐに埃をかぶるようになるだろうと思っていたのに、お母さんものにしたな。」と感心して言うそうだ。そして時々家に帰ってきた時にはパソコンの作品を見ては「ヘーッ!」「ウワーア!すごい事が出来るなあ」と感嘆の声をあげながら家族の会話が弾むという。
55歳になって新たな生きがいを見つけて頑張る彼女を家族は眩しく感じて応援しているのだろう。
次回は様々な課題を克服し、活き活きした取り組みをしている彼女の現況を報告します。
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