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相生インターネット研究会

AIK(相生インターネット研究会)の歩み

1996年
 1996年12月14日、私は「忠臣蔵のふるさとへようこそ」というホームページをアップしました。
初期の忠臣蔵のふるさとへようこそ←クリック
1997年
はりまマルチメディアスクール
参加市町
赤穂市

揖保川町
新宮町
太子町
御津町
上郡町
市川町
大河内町
神崎町
香寺町
福崎町
佐用町
南光町
三日月町
一宮町
波賀町
山崎町
龍野市
千種町
姫路市
夢前町
家島町
地図の白抜き部分が不参加の市町
 1997年10月11日、光都で「はりまマルチメディアスクール」が開催されました。主催は兵庫県、後援は西播磨教育事務所、西播磨市町長会でした。
 小学校の先生方に学校や地域を紹介するホームページを作ってもらう。パソコンやソフト・デジカメがない学校には、協賛企業が提供する。ホームページの技術がない学校には、ボランティアがお手伝いするという大規模なものでした。私も参加しました。
 結局、西播磨25市町の内、相生市と上月町・林田町が不参加でした。
 参加していた相生市内の小学生の顔はとても寂しそうでした
1998年
 1998年ころより、赤穂市や近隣の市町の小学校の依頼を受けて、ホームページの研修の講師を務めるようになりました。進んだ学校では、校区の歴史や文化財のホームページもアップ出来ました。
 相生市の情報担当の責任者は、立派なペーパープランを披露され、「ご心配なく」ということでした。
2001年
自ら調べたデータを自らの力でホームページ画面に入力する小学生
↑文科省が考えた小学生のあり方
 文科省は、2001年までに、全国の小中学校にインターネットを導入しました。
 文科省は、その目的を「@パソコン技術+A取捨選択能力+B情報発信能力→生きる力」としています。
 つまりインターネットを駆使して生きる力を養成しようとするのです。
  私が最初、兵庫県立教育研究所のパソコン講座の講師として招かれた時、所長は西田正則氏(現在合併後のたつの市長)でした。西田所長の「私はパソコンのことは分らないが、これからはパソコンの時代だと実感している」という言葉が深く耳に残っています。
 その後、龍野市教育長時代に、ブロードバンドという話が出た段階で、龍野市の小中学校には光ケーブルを導入しました。所長時代のペーパープランを実行したのです。立派です。
2003年
 2003年4月、デジタル・ディバイド(情報格差)を解消するために、秋田県矢島町(人口6、300人)の町長が率先して、光ファイバーを導入しました。
秋田県矢島町の光ファイバーを導入←クリック
 2003年7月、私は、ブロードバンドの本命は光ファイバーと考えて、電力系の光ファイバーを導入し、動画忠臣蔵のホームページをアップしました。
 相生市の子どもたちは、情報格差に泣いていないか。それを体感するためでした。
2004年
 2004年2月、私宛に、「赤穂市・龍野市・上郡町にあって、相生市にないのは何だ?」というメールが入りました。答えは「インターネット研究会(あるいは協議会)」でした。
 2004年3月、私は、ホームページの定期講座の卒業生でメールが出来る方を中心に、長年お世話になった人々からの協力もあり、AIK(相生インターネット研究会)設立しました。
 設立の一番大きな理由は、「私たちは、大人の責任として、1997年の小学生の無念さを、今の小学生・中学生に体験させたくない」という一語に尽きます。
2005年
先輩が作成した動画のホームページ 新しい動画のホームページ用に素材を集める
↑文科省が考えた小学生のあり方
 文科省は、2005年までに、全国の小中学校に高速ネットワーク(ブロードバンド)を導入しました。
 文科省は、その目的を以下のように規定しています。
 B情報発信能力+C高速インターネット→動画を使ったホームページ
 D日常性+地域性+こだわり→継続と個性
 つまり、2001年までに小学生にホームページをアップさせ、2005年までに動画をアップさせる。これは手段であって、自分で考え、生きる力を養成するというものです。
兵庫県赤穂市立城西小学校の動画のホームページです。
 私は、城西小学校の校長先生より、最初の動画のホームぺージの意見を求められました。当時はワンシーンが非常に長かったので、「他人の作った動画は鑑賞限界が1分以内にする」「動画は容量がとても重いので、重さを明記する」という助言をしました。
 今見ると、ワンシーンが約30秒で容量が約700Kと明記されています。素晴らしい。
 2005年3月、小・中学校の代表校長に、相生市文化財保護審議委員の1人として、「地元の人のみならず、多くの人は、校区の歴史と文化財をホームページとしてアップすることを望んでいます。是非、お願いします」と発言しました。
赤穂城西小学校の「子ども義士物語」←クリック
2006年
約1100人の前でホームページを発表する6年生
とても活き活きとしていました
↑文科省が考えた小学生のあり方
 2006年2月、相生市立双葉小学校でネットディがありました。参加者は約1100人だったそうです。
 ネットディでありながら、ネット作品が少ないということで、急遽、私たちAIK(相生インターネット研究会)に「児童がホームページを作成する」、その補助を依頼されました。
 ブログもするという小学生もホームページ作成には「いままで最高のソフトや」と感激していました。
 2006年8月、相生市文化財保護審議委員会から、私は「相生市をPRするために、『相生市の伝説と昔話』のホームページ作成を依頼されました。
 最終的には、「校区の歴史と文化財のホームページをアップすることが望ましい」という持論を展開しつつ、相生市をPRするために、『相生市の伝説と昔話』の作成を承諾しました。
AIK(相生インターネット研究会)の活動を報じた神戸新聞←クリック
2007年
 2007年2月、情報担当の校長先生から依頼があり、相生市の小中学校のホームページ担当者の研修会に講師として参加しました。
 2007年3月、AIKなどの情報格差解消の声が市会で取り上げられ、相生市でも小・中学校に光ファイバーなどブロードバンドが導入されました。
2007年04月1日 2007年05月1日
相生の伝説 相生の昔話
(01)和泉式部と小式部    
since2007年4月1日
↑『相生市の伝説と昔話』の第一号
 2007年4月、『相生市の伝説と昔話』の第一号をアップしました
現在進行形の『相生市の伝説と昔話』←クリック
ヤフー・グーグルでは『相生市の伝説と昔話』はアクセス・ランキング1位←クリック
AIK会員が小学生にホームページ作成を補助
 AIK(相生インターネット研究会)に対して、相生市陸公民館や相生市町づくり塾などから小学生対象のホームページ講座を依頼されました。
AIK(相生インターネット研究会)の活動←クリック
2008年
 2008年8月、相生市の小学校のホームページ担当者の研修会に講師として参加しました。殆どが20代の先生方で、一体どこにこのような若い先生がいたのかと、圧倒されました。4回の研修を行い、小学校のホームページはガラリと変わりました。
相生市の幼稚園・学校のホームページ(小学校をご覧下さい)←クリック
 2008年11月、相生市の小学校のホームページ担当者の研修会に講師として参加しました。2回の研修です。この研修で、「生徒が目を輝かし、先生が自由な時間を確保出来る」情報処理の理念をお伝えできました。相生市の小学校のホームページから、ホームページの威力・魅力を発信されるということを実感をしました。
 合計6回の研修で、「地元の人のみならず、多くの人は、校区の歴史と文化財をホームページとしてアップすることを望んでいます。是非、お願いします」ということを何度も主張しました。
 そのために、トピックという新たな項目を設定しました。
 時代の流れを察知して、対応できる、若くて、熱心な先生方です。大いに期待しています。
情報格差(デジタルデバイド)
 以前のような教科書や参考書を使う授業には、地域によって、それほど情報の格差は生まれませんでした。
 現在、インターネットやパソコンなどの情報技術を活用して、希望する企業に就職したり、非常に高い収入をえる人がいる一方、インターネットやパソコンなどの情報技術を活用できず、一層困難な状況に追い込まれ人が誕生しています。こうした現象を情報格差(デジタルデバイド)といいます。
 学校においては、地域の力量で、情報格差に苦しむ児童生徒を出さないようにするのが、私たち大人の責任です。私は、そのことを痛感して、AIK(相生インターネット研究会)活動に精進する覚悟です。
 多くの方のご理解をお願いします。
情報格差(デジタルデバイド)の解説←クリック

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