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1701(元禄14)年3月14日発行(第063号)

忠臣蔵新聞

多門さんが語る
内匠頭さんの辞世の句

血染めの石 血染めの梅

現場リポート(多門さんの証言)

    内匠頭さんは「風さそふ…」の辞世の歌を詠む

 多門さんは内匠頭さんの切腹の場を次のように報道陣に説明しました。
 内匠頭さんが硯箱と紙を望んだので差し出しました。そこへ介錯の刀が着いたので、
硯箱を引き寄せ、ゆっくりと墨をすり、筆をとり
 「風さそふ 花よりも猶 我ハまた 春の名残を いかにとやせん」
と書き、刀を介錯人の磯田さんに渡して待機していた。
 この歌は御徒目付の水野さんが受け取って右京太夫さんに差し出した。
 介錯人磯田さんは古式にのっとり介錯をして切腹を見届けた。
 死骸などは田村家に任せてあるので、後のことを右京太夫さんに伝えて多門さんらは
江戸城に向かった。

史料原文

 (略)硯筥・紙を乞候故差出候処、刀参り申候内ニ内匠頭硯箱引寄、ゆる■墨を摺筆
を取
  風さそふ 花よりも猶 我ハまた 春の名残を いかにとかせん

と書て刀を介錯人御徒目付磯田武太夫エ相渡候内相待被居候、右之歌ハ御徒目付
水野杢左衛門受取田村左(右)京太夫江差出候ニ付受取被申候内介錯人磯田武太夫
古法之通介錯いたし切腹相済見届之返答有之、死骸等ハ田村左(右)京太夫方ニ而
取斗候故跡之義は左(右)京太夫江申渡各退散也
出典
「多門伝八郎覚書」(赤穂市発行『忠臣蔵第三巻』)
凡例
−史料原文は「おどり字」(「〈」の縦長の字)

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