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エピソード

004_02

縄文時代の精神生活T(アニミズム、屈葬、土偶、石棒)
 私が以前勤務していた土地での噂話である。
 ある家の主人が山から帰ってきて急に熱病にうなされるようになったという。少し熱が冷めたとき、その主人が言うには「切ってはならない木の枝を切ってしまった」という。そこで村人が主人から聞いた大木を見に行くと、太い枝が切り倒されていた。村人は注連縄をはり、酒をそなえ、陳謝すると、熱病の主人はその後、元気になったと言う。
 ある家の女の人が畑仕事をしていると、白い蛇が出てきたので気持ち悪がって、鍬で白い蛇を殺したと言う。その晩、その女の人のタンスから白い蛇が何匹もぞろぞろできてきたと言う。そこでその女の人の主人が注連縄をはり、酒をそなえ、陳謝すると、白い蛇は姿を見せなかったと言う。
 こうした話はあちこちで聞くし、本にも紹介されている。蛇の「たたり」と言う。このようなある種の生き物に霊魂を認め、それを畏怖する信仰をアニミズムといいます。
 どうして、このような現象がおこるのかというと、狩猟・漁撈・採集の生活は、自然条件に左右されて、とても不安定だったからです。多くの人が成人になる前に死亡しています。15歳以上に達した人の平均年齢は31歳で、当時の人口は30万人と推定されています。神奈川県の平板貝塚では、壮年男子の骨の成長が数度にわたって停止しています。これは、医学的に見て飢餓が原因とされています。ロマンと現実は違うのです。
 人事を尽くした後、何にすがったかというと、自然の威力をおそれ、それを敬うことでした。これを自然崇拝といいます。
 アニミズム以外、呪術的風習があります。辞術により招福徐災を願ったのです。屈葬は、四肢を折り曲げる埋葬で、悪い魂を外に出さないようしたといいます。抱石葬は、死体の上に石を抱かせる埋葬で、これも同じ考えといいます。縄文後期には、伸展葬が登場します。四肢を折り曲げない埋葬です。縄文人の生活に変化がおきたのでしょうか。
 抜歯は、成人式に門歯などを抜く呪術的風習です。
 土偶の土は「つち」です。字源的に「偶」を調べると、禺は、上部が大きい頭、下部が尾で、大頭の人まねざるを描いた象形文字です。偶は「人+禺」で、人に似た姿であることから、人形の意味になります。つまり土偶は、土で作った人形ということです。女性の土人形が多いことから、安産を祈願したといわれています。
 石棒について、国立民族博物館助教授の栗田靖之氏は「意味のはっきりしない怪しい雰囲気をもつ遺物の数は多い」と書いています。縄文初期・中期によく見られるのが、リアルな男根(ペニス)をかたどった石棒です。北海道から関西地方で見られます。大きいのは2メートル、小さいのは10センチ、一番多いのが50センチです。有名なのは、北は秋田県鹿角市、山形県高畠町、長野県佐久市、滋賀県伊吹長などから出土しています。男女和合の石像もありますから、子孫繁栄をシンプルに祈願したものと思われます。その後、リアルな石棒は姿を消しますが、一部では民間信仰として、形を変えたりして存在しています。
 三内丸山遺跡では、ほとんどが横長の変化のない石棒になっています。
洋の東西・古今を問わずアニミズムは健在
 シェークスピアは『ハムレット』や『マクベス』などで人間の弱さに付け入る亡霊を暴露しました。
 宮崎駿監督も『もののけ姫』や『千と千尋』などで自然を畏怖せぬ人間への復讐劇を描いています。
 大学入学後直ぐの社会学の授業でした。見田宗介教授が20代前後の男女を前に発したが第一声は「夫婦は性格が不一致であっても、性生活が一致しておれば、離婚しない」でした。
 見田教授の第一声は、結婚もしていないし、高校を卒業したばかりの者には衝撃的でした。次週の講座までの間にあちこちで激論があります。私たちのグループでも、「結婚していない自分には関係ないことを言わんでも」という意見から「子供が出来たということは性生活が前提だから、重要な問題提議だ」というものまで様々でした。
 出席をとらない一般教養講座の場合、1か月も経たない内に、教室は適正規模になります。しかし、見田教授の社会学は、最後まで満員だったので、第一声作戦は成功したのではないでしょうか。
 見田宗介教授の授業内容は、残念ながらよく覚えていません。しかし、一貫して流れている思想は、見せ掛けの正義論より、日常「影」の部分として語られないが、人間の本性を迫る深層を抉り出すことにあったように思います。
 TVでは、石棒について、現代の奇祭として、面白おかしく取り上げています。敢て「奇祭」と表現するところに、取材・報道する側のねじれを感じます。

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