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エピソード

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天平文化T(『古事記』)
 私は小さい時から本を読むことが好きでした。そのきっかけは、小学生の頃、カバヤキャラメルを買うと図書カードがついていて、何点か集めると日本文学の1冊がもらえるのです。紙は新聞紙様で印刷も汚かったが、ラジオ以外娯楽のなかった田舎の少年には、読書が一番の慰めでした。
 中学校でも高校でも殆どの本を読破して、係の先生から誉められたことを覚えています。文学少年かというと、そうではありません。父に日曜日の田畑や山仕事を手伝わされました。時間を見つけては、近所の連中と山でチャンバラごっこをしたり、夏には泳ぎ場を巡って喧嘩したりしていました。また、野球チームを結成しては、他地区へ遠征に出たり、クラブ活動に明け暮れていたのです。昔の少年は、大体が文武両道だったのです。
 高校に入って、岩波書店から発行されている「日本古典文学大系」を殆ど読破しました。原文は岩波の古典体系に準拠しています。
 「天岩戸」、「八俣の大蛇」、「大国主命」、「海幸彦と山幸彦」、「倭建命」など昔話をして聞かされたオリジナルが実は『古事記』だったのです。これにはびっくりさせられました。
 特に印象に残っているのは次の箇所です。伊邪那岐が妻の伊邪那美に「あなたの体はどうなっているか」と問うと、伊邪那美は「足りないところが一ヶ所あります」と答えました。伊邪那岐が「私の体は余っているところが一ヶ所ある。私の余っている所を、あなたの足りない所に”刺し塞ぎて、国土を生み成さむと”思う。…”麻具波比”(まぐはひ)しよう」と言ったという部分です。 
 次の場面も衝撃でした。山幸彦(火遠理命)は釣針を探しに海神の宮へ行き、海神の娘豊玉毘売命と結婚する。釣針を見つけて帰った火遠理命は、性悪の兄の海幸彦(火照命)をやっつける。
 豊玉毘売命は「私は妊娠しました。私の国では、産む時は生まれた世界の姿になります。絶対に”妾(あ)をな見たまひそ”」と火遠理命に言いました。言うことが妙なので、火遠理命は産もうとしているところをのぞき見すると、”八尋和邇(大きな長い鮫)に化(な)りて”うねりくねっていました。
 恥ずかしい姿を見られたので、豊玉毘売命は海神の宮に帰っていきました。産まれた子は豊玉毘売命の妹玉依毘売が育てました。この時産まれた子を鵜葺草葺不合命といいます。後に成人した鵜葺草葺不合命と玉依毘売が結婚して、産まれた子が神倭伊波禮毘古命といいます。
大らかで、直接的で、健康的な、性描写
 私の余っている所を、あなたの足りない所に”刺し塞ぎて、国土を生み成さむと”思う。…”麻具波比”(まぐはひ)しよう」の部分は、高校生にはドッキリする表現です。でも、余りに大らかで、直接的なので、かえってサラッとした健康的な印象でした。
 海幸彦と山幸彦の話は浦島太郎とよく似ているなーと読んでいくと、「天つ神の御子」と海神の宮の娘が結婚し、海神の宮の娘が和邇(当時、出雲地方では鮫のことをワニと呼んでいました)だったという表現にはショックでした。
 聖母マリアが未婚で懐妊してイエス・キリストを産んだり、マーヤ夫人が夢で白い巨像を飲み込んでお釈迦さんを産んだりした例がたくさんあります。世界には天下を支配する有名人にはこのようなエピソードがあるんだと、納得するには少し時間がかかりました。

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