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エピソード

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絵巻物(『法然上人絵伝』・『平治物語絵巻』・『蒙古襲来絵詞』)
 平安時代後期に始まった絵巻物の手法が鎌倉時代に全盛期を迎えました。
 もともと絵巻物は物語を補足する挿絵から始まったのですが、余り文字と縁のない武士や民衆を教化する方法として、重要な手段になりました。
 その内容は縁起絵、伝奇絵、物語絵に分類されます。
 まず、縁起絵です。『松崎天神縁起絵巻』(松崎天神の由来を描いていますが、役人の下で作業している建築職人の番匠を姿を克明に描いています。それ以外にも、犂を牛に引かせて田起こしをしている農村の姿も出てきます)、『北野天神縁起絵巻』(大宰府で無念の死を遂げた菅原道真の怨霊が雷神になって、清涼殿の藤原時平を激しく襲う場面などが描かれています)、『石山寺縁起絵巻』(如意輪観音の霊験を描いたり、牛に引かせて材木を運んだり、番匠が板を削っている場面が描かれています)
 次に、伝記絵です。『法然上人絵伝』(私の住んでいる近くに室津があります。そこの遊女が法然が讃岐に流されてきた時、自分の罪業の深さを嘆き訴える場面が描かれています。室津には、この遊女の墓もあります。また、竹久夢二が滞在して、たくさんの絵を描いたことでも有名です。似絵の大家である藤原隆家が後白河法皇の命令で、法然の真影を描いている場面もユニークです)、『一遍上人絵伝』(遊行の先々で、出会った病人々や社会に見捨てられた人々が描かれています。私たちがよく目にするのが、備前福岡の市です。一遍の話を聞いて妻が尼になったことを怒った侍が一遍に切りかかろうとしている場面です。その周囲には銭の勘定をする人や、米や魚の取引をする人などが生き生きと描かれています。京都の場面では見世棚が描かれています)
 そして、物語絵です。『平治物語絵巻』(最も有名な場面が、六波羅行幸の巻で、夜中女装して内裏を脱出する二条天皇とそれを調べる侍の緊迫した雰囲気が伝わってきます)、『蒙古襲来絵詞』(竹崎季長が防塁上の菊地武房に後事を託して出陣する場面や、単騎で先駆けする季長に、集団戦法で襲い掛かる元軍の様子や、「てつはう」が炸裂する場面、元軍の船に小舟で襲い掛かる季長の活躍が描かれています)
絵巻物は紙芝居、今はマンガやTVか?
 私の小学校時代、近所のお寺で、日曜日になると、若い「ご縁さん」が紙芝居をしてくれたものです。お釈迦さんの生涯や教えが内容だったと思います。詳しくは覚えていませんが、私の仏教に対する基本的な知識の基本になっていると思います。
 今は劇画や漫画やビデオやTVが絵巻物の代役をしていると思います。情報がたくさんあることはいい事に違いありませんが、取捨選択する主体性がない人にとっては、混乱の原因になっています。

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