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エピソード

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社会の動揺(貨幣経済の浸透、武士の内職、専売制、寄生地主)
 今回は、高校生が苦手な経済史です。理屈が分かると、ダイナミックな動きが読めて楽しくなります。
 現在(2005年)、ホリエモン(堀江貴文氏)が登場して、マスコミをにぎわわせています。ワイドショー的には、フジとライブドアの喧嘩、どちらが勝つかなどに話題が進んでいますが、経済史的に見ると、アナログ的発想とデジタル的発想の対立で、歴史的には、デジタル化が勝利を収めるのは必然の流れです。これをIT革命といいます。
 江戸時代でも、革命的な変化が起きていました。17世紀後半、生産と流通の発展により、社会は商品経済貨幣経済)の時代に突入しました。商品とは、売る目的で作られた生産物をいいます。貨幣経済とは、お金を仲立ちに売買が成立することをいいます。
 つまり、お金を抜きにしては生活できない時代がやってきたのです。
 自分で食べるものは自分で作る自給自足の農民は、現金収入がないので、困窮します。
 農民の年貢(米)を給料にする武士は、米を現金化する過程で、米価の変動や米商人により生活が左右されます。
 幕府は、年貢の税率を上げて収奪を強化します。天領は400万石で、収納率は30%に達します。
 現在の私たちの税率は、総合して10%と言われています。いかに30%が高かったか理解できると思います。
 それだけでは、不十分なので、貨幣を改鋳して出目(益金)を得たり、御用商人に御用金を課していました。幕末の1866年には700万両の御用金を課しています。これは年貢収入の1.75倍になります。
 新しい財源を見つけます。最近では、発泡酒に課税するのと同じ発想です。
 冥加金の「冥加」とは、「ありがたいこと」とか「お礼」という意味です。冥加金とは、株仲間を認められた町人が感謝して納める税のことです。運上金の「運上」とは、「送・納する」という意味です。商売を認められた代わりに、利益を得た何割かを納める税のことです。
 幕府は、どっぷり、貨幣経済の中に入っていることが分かります。
 諸大名の場合は、どうでしょうか。幕府の諸藩に対する浪費政策といえる参勤交代費用の増大で、財政難に陥りました。また、大名は、国元における生活と江戸における在府の生活という二重の消費生活で、膨大なお金を消費しました。
 そこで、大名が行ったのは、借金です。長州藩は、1681年、借金が40万両におよんでいます。これは藩財政の50%に匹敵します。これに対する利子の支払いが年6%ですから、2万4000両を支払いに充てています。これは町人の大名貸というものです。大名を、これを踏み倒すこともあり、三井では、大名貸を家法として禁止しています。
 藩札の発行で、賄った大名もあります。
 次に、大名が行ったのが、リストラは幕府によって禁止されていますから、藩士の俸禄(行)を一部り上げるという借知を行いました。ひどい藩では、半知行の分=50%)も行われました。今でいう賃金カット50%です。
 積極的な藩では、藩の特産物を奨励し、独占販売するという専売制をとる大名も出てきました。会津藩の蝋、山口・福井藩の紙、仙台・金沢藩の塩が有名です。
 いよいよ、大名が商売に手を出してきたのです。
 武士(旗本・御家人・藩士)の場合を見てみましょう。
 幕府の貨幣改鋳、諸藩の藩札発行により、インフレが起こりました。その結果、物価が上昇し、武士は支出増を余儀なくされました。
 借知により、武士は賃金をカットされ、収入が減少しました。
 そこで、武士は何をしたかというと、札差から借金をしました。根本的な解決にはなりません。
 次に、傘張り・提灯つくり・金魚屋・博徒の用心棒などの内職に手を出しました。映画やTVの世界は、嘘ではなかったのです。
 武士は、町人の家に養子に入りました。町人は武士になる代わりに、武士に持参金として御家人株(与力1000両、同心200両)が売買されました。これを身分売却といいます。
 当時、「町人で質屋を出るはひどいこと」とか「人は武士なぜ町人になってくる」という川柳が流行しました。
 町人は、大名貸して、踏み倒されて破産する者もいました。
 他方、豊富な資金を、新田開発醸造業に投資する町人も出ました。この様な町人が、次の時代をリードするようになります。武士の時代でなく、町人の時代になっていることが分かります。
 幕藩体制の基盤に位置づけられた農民(本百姓)は、商品作物の売買を通じて貨幣経済に巻きこまれて、生活難から土地を手放していきます。土地を手放した本百姓は、小作人になったり、都市に流入するようになります。まさに、幕藩体制の危機です。
 この土地を買い取ったのは、豪農であったり、豪商であったりします。初期の本百姓は、地主手作といって、家族を中心に農業経営を行っていました。この時代は、土地を手放したものを小作人として使用する寄生地主が誕生しました。
 豪農や豪商は、豊富な資金を投資して、問屋制家内工業を起こすものも出てきました。土地を手放した農民を働き手として採用していったのです。彼らが、次の時代をリードするようになります。
商品経済(貨幣経済)時代は、賢い消費者が必須
 「下らん」とか「下らない」という言葉はご存知ですね。しかし、その語源をご存知でしょうか。辞書を引いてみると、「取るにたりない。価値がない。ばからしく、つまらない」と書いています。
 ちょうど、17世紀後半、江戸や京都から、プロの職人が作った商品(カンザシ)が下ってきました。これが「下る物」です。嫁入り前の娘が、欲しがります。親は娘かわいさ、秋に取り入れる米を担保に、カンザシを買ってやりました。
 他方、お婆ちゃんが作ったカンザシは江戸から下って来た物ではないので、「くだらん物」「下らない物」なのです。しかし、優しい娘は「お婆ちゃんが作ったカンザシが一番や」と言って、喜んで頭に飾ります。
 秋になりました。不作です。カンザシの代金が払えません。土地を手放すことになりました。
 士農工商といって見下げてきた商売を、士が行う時代になりました。このような藩を時代を先駆けしています。ノーネクタイで、若く、ゾンザイなものの言い方をするホリエモンが、ネクタイ・スーツ姿で、年配の日向フジTV会長と渡り合っています。違和感がある人も多いようですが、これが時代なのです。若者(新しい時代)は常に、年配(古い体質)から批判されてきました。それが、時代を動かしてきたことも事実です。
 年配の人の言う事を聞いて、従っているようでは、進歩がありません。
 武士が傘張りの内職に手を出しました。そこから、皆さんはどのように想像されますか。
 完成した頃に町人が傘を取りに来ます。商品ですから、当然傘張りの状況を点検します。欠陥が見つかると、町人は相手が武士ですから、慇懃にではあるが「もう一度ここを張りなおして頂けませんか」と注文をつけます。これが嫌な武士は、契約を解除します。しかし、生活苦の武士は、従うしかないのです。
 商品経済の時代にあっては、武士も単なる労働者なのです。
 商品経済の時代は、商品に振り回されないよう、自分の事は自分で守る、つまり賢い消費者になることが必須です。
 私は、携帯電話を持っていません。心身の自由を確保したいからです。パソコンのメールも、1日1回、午後6時しか送受信しません。
 パソコンの定期講座の人からよく質問を受けます。デジカメを例にとると、デジカメ(ビデオ)の性能は光学ズーム(デジタルズームでなく)が目安です。画素数は余り参考になりません。光学ズーム10倍がポイントです。コンパクトカメラは光学が3倍なので、カメラといえません。一眼レフが10倍以上です。ビデオも10倍以上です。ビデオは静止画カメラにもなりますから、ビデオを勧めています。
 つまり、何がその良し悪しのポイントになるのか、知って、聞いて、対応するということが大切なのではないでしょうか。

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