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ごあいさつ
第三十四回は文春新書
岳 真也著『吉良上野介を弁護する』(1)

「上野介を弁護する」ような本もあっていい
「最初からシナリオありき」の本があってもいい
その前提は、左右でなく、東西(客観)的な史料の提供
はたして、岳弁護士は勝訴できるか
私が、検事役で検証しました
 私は、岳 真也氏の『吉良の言い分 上・下』を読みました。これは小説(作り話)なので、特に感想はありませんでした。『言い分の日本史-アンチ・ヒーローたちの真相-』では、18ページを割いて「吉良上野介」が取り上げられていました。
 政治評論家の三宅久之氏がTV番組で「専門以外のことは、そうかと聞いてしまう」と言われていました。私も同感で、岳氏が取り上げた田沼意次について、「本当はこれが真相だ」と言われても、「ああそうですか」と受身になっています。
 しかし、忠臣蔵に関しては、かなり史料を読んでいますので、これが真実だと言われても、反論することが出来ます。18ページを使って、岳氏は上野介を弁護されていました。しかし、使っている史料も雑ですから、出てくる結論も「独りよがり」でした。
 そんなわけで、『吉良上野介を弁護する』も読むだけ徒労と思い、置い読(おいとく)の書籍扱いでした。
 所が、私のホームページを見たという方(テレビ朝日『ビートたけしの悪役のススメ』のスタッフ)からメールが入り、かなりの間メールのやり取りがあり、2004年12月末に放映がありました。そこで、岳氏を知り、メールを送ったところ、詳細は、『吉良上野介を弁護する』に書いているということだったので、今回、精読することにしました。第六章まであり、一章ごとに検証する計画ですが、変更するかもしれません。お付き合い下さい。
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「最初からシナリオありき」の功罪
井上ひさし著『不忠臣蔵』の功(素人の想像を超えた世界へ案内)
井沢元彦著『激論 歴史の嘘と真実』の罪(一部史料のつまみ食い)
 書評忠臣蔵の第10回で井上ひさし著『不忠臣蔵』を取り上げました。これは小説ですが、司馬遼太郎氏のように、私をはるか彼方に案内してくれた、想像力がかもし出した世界でした。
 書評忠臣蔵の第16回で井沢元彦著『激論 歴史の嘘と真実』を取り上げました。忠臣蔵関係は、松島榮一氏との討論形式でしたが、一部の、井沢氏に都合のよい史料をつまみ食いして、松島氏に逐一反論されています。反論する人がいない所では、「常識を信じるな!視点を変えよ」自説を主張する井沢氏は、松島氏に対し、井沢氏は”なにぶん小説の上での推理”とのっけから白旗を揚げています。
史料を多用した「上野介を弁護する」弁護士役の岳氏
史料を多用して検証する検事役の私
「模擬法定のはじまり、はじまり」
 岳氏の『吉良上野介を弁護する』は、史料を多用しています。慎重に対応したいと思います。ここでは、上野介を弁護する岳氏を弁護士役とします。それを検証する私は検事役です。
 検証するために、ページを順に追って説明していきます。
 事実関係は、標準のフォントで記述します。
 弁護士のコメントはピンク色で表示します。
 検事のコメントはブルー色で表示します。
弁護士が、事実関係を申し述べる、「遺恨」という言葉は無い
 弁護士が事実関係を述べました。
 「浅野内匠頭長矩が、上野介のうしろに寄って”宿意あり”と言いながら、小刀で斬りかかった」(『徳川実記』)。
 「浅野内匠吉良上野介江意趣之由ニて」(『一関藩家中長岡七郎兵衛記録』)
 「浅野内匠吉良上野介江意趣之由ニテ」(『堀部武庸筆記』)
 「意趣有之」(『徳川幕府御日記』)
 「意趣有之」(『護持院日記』)
 「浅野内匠頭長矩内々意趣を挟むによりて」(『楽ロハ堂年録』)
 「御後より浅野内匠頭殿脇差を抜、上野介様を御後を一太刀御打被成候」(米沢藩上杉家の記録『編年文書』)
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「此間の遺恨覚たるか」は事件が26年後に追加
弁護人の証人は「2つの根拠を思い出して追加」と証言
弁護人は証人の一方のみを採用
 「吉良殿後より内匠殿声かけ切り付け申され候」(『梶川氏筆記』)。
 「吉良殿の後より此間の遺恨覚たるかと声を懸切付申候」(『梶川氏筆記丁未雑記』)。
 野口武彦氏は、「(丁未とは1727年である)後者は事件のだいぶあとになってから、梶川氏が自分の記憶を整理するかっこうでつづったものではないか」としている。
 野口氏の見解は、「梶川が改筆の段階で内匠頭の一言を明瞭に思い出したか、意味不明の怒号だったが後で思えばこう言っていたにちがいないと確信したかのどちらかである。拉致される内匠頭はそればかりを叫び続けていたのだから」。そう、私も思う。ただ現実には「意味不明の怒号」でしかなかったのではあるまいか。
 証人野口氏は「内匠頭の一言を明瞭に思い出したか、意味不明の怒号だったか」という2つの可能性を指摘しているのに、弁護人は「”意味不明の怒号”でしかなかった」という結論に強引に持って行っている。これは証人の発言を無視するものではありませんか。
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弁護人は、証拠資料の『冷光君御伝記』を、「まるで、あてにならない」と切って捨て
弁護人の証人は「リアリティがる」と証言
 「其上段々御雑言」があったと記され、松の廊下で斬りつけたおりには、「上野介、ただいまの雑言おぼえそうろうか」(『冷光君御伝記』)。
 『冷光君御伝記』は身内の安芸浅野藩が編んだ家記(『浅野赤穂分家済美録』中の一書)である。まるで、あてにはならない。
 証人野口氏は、「上野介唯今の雑言覚え候か」(『冷光君御伝記』)…一種のリアリティがある」と証言しています。都合のいい所だけを引用し、都合の悪いところを切り捨てるのは、不誠実ではありませんか。
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弁護人は、信憑性のある証拠には「遺恨」「恨み」という証言はないと断定
弁護人の信憑性ある証言に「遺恨を含み」という言葉あり
弁護人の都合のよい弁護に、検事いささか食傷気味
 「根本史料にかぎらず、江戸(中)期の主たる”赤穂事件(忠臣蔵)”の顛末記(実録物)には、松の廊下で内匠頭が叫んだという言葉の内容が、ほとんど明記されていないからである。
 「上野介覚候かと御言葉を被掛」(『江赤見聞記』)
 「内匠頭、覚えたるやと詞をかけ」(『忠誠後鑑録』)
 「後より言葉を懸」(『赤城士話』)
 「上野介に詞を懸」(『赤穂鍾秀記』)
 「名乗懸て」(『浅吉一乱記』)
 「遺恨を含み被申旨あり」と”まえ振り”「大紋をまくり上げ、小サ刀をぬきはづし、只一討と切付」(『介石記』)
 「長矩聞之不勝積怒乃反呼義央一声以刀撃冠中頭」(『赤城義臣伝』)
 以上はどれも真偽混清といわれるが、事件後さして間をおかずして書かれたものであり、いま私が問題にしている件に関しては、信懸性がある。
 弁護人は、「遺恨」とか「恨み」とかいう言葉がないということを強調されているが、何を言おうとしているのかよく分からない。弁護人の証拠の中にも、「遺恨」という言葉はないが、「覚え候」(覚えているか!)という文字があります。腹が立ったときは「覚えとけよ」と、今でもよく使います。弁護人の証拠の『介石記』に、「遺恨を含み」とはっきりあります。都合が悪くなると、”まえ振り”と逃げます。黒を白と言い張る子供の論理ではありませんか。
弁護人、長々と小説・戯曲で自説を補強
検事、この場は事実認定の場なので、必要なしと反論
よって、20ページから26ページは削除
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 弁護人、検事側の証人の証言「私之遺恨有之」を餡の無いアンパンと誹謗
弁護人の検事側証人の人格否定発言で、28〜30ページは削除
検事、「言葉が無いから、上すべりしているから、事実が無い」とは論理の飛躍
検事、「一度採用した弁護人証人の証言を否定していませんか」
 「私之遺恨有之」ならびに「一己之以宿意」(『多門伝八郎覚書』)
 内実のないままに「遺恨」だとか「宿意」だとかいった強烈な言葉だけが、上すべりしている。それでは餡のはいっていないアンパンのようなもので…本当に「遺恨」などあったのだろうか、と疑いたくもなる。…幕末や明治以降の作者や講談師などが、相応に明瞭で印象のつよい「この間の遺恨おぼえたるか」を採用しだしたのではなかろうか。
 証人多門伝八郎の人格を否定するような発言が続きます。検事の反論で、中止されました。
 弁護人は、遺恨という言葉が無い(本当はあるが…)ことを理由に、「本当に”遺恨”などあったのだろうか、と疑いたくもなる」と発言しています。言葉が無いから、上すべりしているから、事実が無かったというのは、論理の飛躍ではないでしょうか。
 弁護人が信憑性のある証拠という中に既に定着している遺恨の状況証拠を、見落としてしてはいませんか。
 弁護人は、弁護側証人の野口氏の「梶川日記の”此間の遺恨覚たるか”は1727年に追記された」と述べたことと矛盾しませんか。
次回は、「内匠頭は乱心か正気か」
 ご覧のように、岳弁護士は、史料を多用しています。弁護活動には必要なことです。
 同時に、同じ書籍からでも、ある時は活用し、ある時は無視して、都合のよいように解釈する弁護をしています。ころころ変わる対応に、頭が痛くなります。しかし、ここまで来たので、最後まで、対決していきたいと思います。
 率直な疑問・反論・感想をお寄せ下さい。

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