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NO.188 第8章 近代国家の成立(1)

凡例:[1    ](項目)「2    」(人名)『3   』(書籍名・作品名)

6] 初期議会(1890〜1894年)
背景エピソード
伊藤と山県−超然内閣では一致
伊藤−政党に対してはむやみに反対できない(楽観)
山県−政党に対しては露骨に反感
経過
1886年 後藤らの大同団結運動(民権派の再結集)
1888年 「1    」47才、総辞職→A[2    ]院の初代議長就任
@2薩摩のA「3    」49才内閣成立(外相大隈46才)
1889年 2月 [4    ](明治憲法)公布
*B[5    ]選挙法(有権者全人口の1%弱)公布
*B[6    ]主義表明史料
@A「7    」首相、内閣組織時政党に基礎を置かぬと表明
A「政府は超然として政党の外に立ち」(政府の施政は政党によって左右されない)
文相薩摩のA「8    」42才、暗殺
4月 E大同倶楽部結成(旧自由党系の河野広中41才、犬養毅35才)
12月 @3長州のA「9    」51才内閣成立→B[10   ]主義を表明
後藤、懐柔されて逓相→民権運動の混乱
[11   ](明治23)年 7月 第一回総選挙(日本最初の衆議院議員選挙)
@民党の自130,改41→衆院の過半数。吏党大79、無45、国民自由党5
A*A[12    ]党(立憲自由・改進党などの旧民権派)勝利
B*C[13   ]党(大成会・国民自由党など政府支持政党)敗北
8月 [14    ]会結成(旧帝政党。杉浦重剛)
9月 [15    ]党結成(自由・愛国公党・大同倶楽部等。党首板垣)史料
11月 第一回A[16    ]議会(A第一議会)開会
@山県首相52才、国家固有のD主権線(国境)とD利益線の必要主張
A政党の力無視→予算問題で民党と衝突
1891年 1月 民党、D[17    ]・D[18    ]を主張→予算審議権行使エピソード
@自由土佐派の逓臣大臣後藤・林有造・植木枝盛ら25人、政府と妥協
A予算成立
3月 立憲自由党、自由党と改称
5月 山県内閣、総辞職→@4薩摩のA「19    」57才内閣成立
11月 第二帝国議会開会(自92改44巴倶17独倶19大52自倶25無51)
海相薩摩のE樺山資紀55才、軍艦11隻・水雷艇60隻建造案提出→内閣
 軍艦2隻建造案に縮小して提出
12月 民党の主張→政府と衝突
@行政費の節約
A民力休養(地租軽減・地価修正・新規事業の大幅削減)
海相樺山のE[20    ]史料(「日本の今日あるは薩長のおかげでは
 ないか」と藩閥擁護の演説)→議場騒然→衆議院解散
[21   ](明治25)年 1月 内相長州E「22   ]50才の*C[23   ]干渉
@総選挙で民党を圧迫した事件−死者25人、負傷者388人
A伊藤、干渉に反対して自ら政党結成を企図→元老の反対で失敗
2月 第二回総選挙(民党は自94改38など163,吏党は137)→品川、辞任
5月 第三議会開会エピソード
6月 [24    ]協会結成(大成会系。E西郷従道50才・E品川50才)
8月 第三議会終了後松方内閣、総辞職
@5長州のA「25    」51才内閣成立
@長州の山県・井上、薩摩の黒田、土佐の後藤の入閣
AD元勲内閣
11月 E第四議会開会→建艦詔勅により内閣と民党多数派の自由党との関係
 改善→民党連合の崩壊→軍艦建造へ
[26   ](明治26)年 10月 E大日本協会結成(国家主義的政治団体。大井41才)
11月 第五議会→詔勅(議会も政府に協力を)により海軍軍事拡張に成功
@天皇自ら宮廷費を節約し6年間毎年30万円を軍艦製造費として下付
A文武官−俸給の10分の1提出
1894年 3月 第三回総選挙(自120,改60,国民協会35)
5月 E第六議会(改進党、条約改正問題で政府攻撃)→日清戦争まで抗争
解答

正解数(   )問/問題数(26)問=正解率(    )%

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