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エピソード

304_08

大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判(6)
HTML版:大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判━高裁判決全文(2/3)←クリック
大江・岩波沖縄戦━裁判年表(左右でなく、東西の視点で編集)←クリック
 紙データをペーパーレス・データ(デジタル)化し始めたのが1986(昭和61)年です。
 高裁判決の全文を入手したのがPDF版を印刷した紙データでした。A4サイズで191枚もありました。これでは丹念に検証できません。
 そこで、紙データをOCR(文字認識処理ソフト)で、デジタルデータに変換し、PDF版を参照しながら、校正に努めました。改行も、校正しやすいように、PDF版と同じようにしました。
 毎日毎日、約8時間、パソコンと取り組んで、約2か月かかりました。OCR(文字認識処理ソフト)によるコンバートが終わってほっとしたのか、健康が自慢の私ですが、過労がたたって、年末・年始には風邪を引いてしまいました。
 今回は、94〜134ページを検証しました。クリックしてご利用ください。
 なぜ、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判にこだわるかといえば、この裁判に大きな意味を感じているからです。
(1)戦前、公正・中立であるべきマスコミが情報を操作して、戦争への道に進んでいった。今はどうか。
(2)戦前、情報を操作するために、自分の都合のいい資料は採用するが、都合の悪い資料を排除するという歴史修正主義的な手法が採用された。今はどうか。
(3)過去を調べ、現状を知り、今後どう対応するかが、歴史に携わる者の使命である。
 前回に指摘した私の確認事項を検証する前に、高裁の判断を見てみたいと思います。
 原告側は、高裁の判断を不満として最高裁に上告しています。その結果も、いずれ、報告します。
 素人の私は、遂条的に点検する方法を採用しています。

HTML版:当審における補充主張の要点全文(094-114P)←クリック
4 当審における補充主張の要点
 当審における当事者双方の補充主張の要点は、以下のとおりである。
(1) 控訴人ら
ア 特定性ないし同定可能性及び名誉毀損性の有無について
 「沖縄ノート」発表当時、座間味島の集団自決事件について梅澤命令説が定説とされていたことは一般の読者の知識の範疇であったといえる。また、当該記述が、本土の日本人の批判ないし自己批判の趣旨を含むとしても、それを理由に記述中の赤松大尉に対する名誉毀損の事実摘示部分の名誉毀損性が失われるものでもない。
イ 本件各書籍の記述の真実性について
 「沖縄ノート」に事実として引用された自決命令とは重要な点において異なっているばかりか、赤松大尉に対する
「罪の巨塊」や「屠殺者」や「アイヒマン」などといった一方的で究極的な人格非難を正当化できるものではない。
 事前の手榴弾交付を自決命令の根拠とする被控訴人らの主張は、実態としては「示唆」であり「誘因」に止まるものを「命令」と強弁するものである。集団自決の原因は、島に対する無差別爆撃を実行した米軍に対する恐怖、鬼
畜米英の教え、「生キテ虜囚ノ辱メヲウケズ」との皇民化教育、戦陣訓、「死ぬときは一緒に」との家族愛、部隊や兵士そして教員や村幹部からの「いざという時」のための手榴弾の交付と自決の示唆等の様々な要因が絡んだものである。被控訴人らは、集団自決に関する軍の責任の有無という規範的評価に関する問題を隊長から発せられた自決命令の存否という事実の証明の問題とすり替えようとしている。
要約1:大阪高裁の裁判官は、控訴人梅澤氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「特定性ないし同定可能性及び名誉毀損性の有無について」は、「沖縄ノート」発表当時、梅澤命令説が定説とされていた。名誉毀損性は存在する。
(2)「本件各書籍の記述の真実性について」
・赤松大尉に対する「罪の巨塊」や「屠殺者」といった人格非難を正当化できない。
・集団自決に関する軍の責任の有無という規範的評価を自決命令の存否という事実の証明とすり替えている。
ウ 本件各記述の真実相当性について
 (平成19年)12月26日(における)文部科学省(の立場)は、日本軍の方針が一般住民にも教育指導されていたという形の主体の曖昧な軍の関与の記述は許容するが、直接的な軍の命令ないし強制と読める記述は許容して
おらず、検定意見の立場は一貫している。したがって、原判決が軍の命令の記述を容認していた従来の検定意見をもって原審口頭弁論終結時における同省の立場であるとして、本件各記述の摘示事実ないし前提事実に係る真実相当性の根拠としたのは誤りである。
 また、原判決は、関係証拠から集団自決における「軍の関与」を認め、そこから隊長の関与を「推認」できるとし、もって隊長命令につき合理的資料若しくは根拠があるとする。しかし、「軍の関与」の認定とそこから推認した「隊長の関与」を基礎として「隊長命令」を摘示することに相当性は認められない。「太平洋戦争」と「沖縄ノート」は、「隊長命令」を「推論に基づく意見論評」としてではなく、「確定的な事実摘示」として記述している。しかし、本件においては、「軍の関与」までしか「立証」できていないから、せいぜい「軍の関与」を基礎事実として隊長命令を推論する意見論評における推論の合理性を担保するものにすぎず、隊長命令を事実として断定的に摘示することは許されない。にもかかわらず、「軍の関与」から「隊長の関与」を推認し、その「隊長の関与」から「隊長による自決命令」を推論し、真実相当性があるとするのは、真実相当性を論理のワンクッションとして誤用して真実性を緩和するものである。原判決は、意見論評としての「推論の合理性」をもって、事実摘示の免責に必要な真実相当性、すなわち行為時における立証可能な程度の真実性と混同している。
要約2:大阪高裁の裁判官は、控訴人梅澤氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件各記述の真実相当性について」
・文部科学省(の立場)は、直接的な軍の命令ないし強制と読める記述は許容していない。
・原判決が従来の検定意見をもって、真実相当性の根拠としたのは誤りである。
・原判決は、「推論の合理性」をもって、行為時における立証可能な程度の真実性と混同している。
エ 真実相当性の法的性質及び判断基準時について
 真実性の証明は客観的事実と合致することの証明であり、その判断基準時は口頭弁論終結時である。他方、真実相当性の判断基準時は、故意又は過失という行為者の主観面に係る責任阻却事由としての本質から名誉毀損行為時である。真実相当性の法理は、行為時において名誉毀損者側が調査可能な資料に照らし真実性の証明に足りると評価できる場合であっても、後日発見された証拠資料等によって真実性が失われる場合があることに鑑み、これを故意又は過失を阻却することで救済し、正当な表現の自由を保障しようとしたものであり、真実性の根拠となる証拠資料が時間の推移によって変わり得ることに配慮したものである。本件では、人格権の侵害の表現を有する本件各書籍の出版販売が口頭弁論終結時まで継続されていることから、真実相当性の判断基準時も真実性に対するのと同じく口頭弁論終結時であり、真実性の判断も真実相当性の判断も全く同一の資料や根拠に基づいてなされることになる。真実性と真実相当性の判断は、基準時が異なる場合には基礎とされる資料が異なるものの、判断基準自体は同一である。したがって、全く同一の証拠資料に基づき、一方で真実性を否定しながら、他 方で真実相当性を肯認することはあり得ない。真実相当性を真実性の証明の程度の緩和としてとらえるのは、最高裁の立場に違背している。また、名誉毀損の事実摘示を含む書籍の出版が、その後の資料により真実が十分明らかになった後にも、真実相当性を認めて出版の継続が許されることは、名誉の保護を著しく後退させることになる。
要約3:大阪高裁の裁判官は、控訴人梅澤氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「真実相当性の法的性質及び判断基準時について」
・真実相当性の判断基準時は、名誉毀損行為時である。
・真実性の根拠となる証拠資料が時間の推移によって変わり得る。
オ 公正な論評性の有無について
 「沖縄ノート」は「屠殺者」という差別用語を用いて赤松大尉を罵っている。そして、赤松大尉の内心の言葉として、
「あの渡嘉敷島の『土民』のようなかれらは、若い将校たる自分の集団自決の命令を受け入れるほどにおとなしく、穏やかな無低抗の者だつたではないか」と言わせ、集団自決で死んだ渡嘉敷島の村民を、命令のままに集団自決する主体性なき「土民」と貶しめている。「沖縄ノート」の表現は、異様であり、執拗かつ粘着的であり、憎悪をかきたてずにはおれない扇情的なものであり、悪意に満ち、人間の尊厳と誇りを内面から抉るように腐食するものであり、高見に立って地上で懸命に生きる人々を見下ろす独善と侮蔑的な差別表現に溢れている。それは究極の人格非難であり、個人攻撃である。被控訴人大江は、「沖縄ノート」が沖縄について「核つき返還」等が議論されていた昭和45年の時点において日本人とは何かを考え、戦後民主主義を問い直したものであるとするが、そうしたテーマを描く上で、赤松大尉に対する悪意に満ちた人格非難を展開する必要は全くない。かかる究極の人格非難を、隊長命令という真実性が証明されない不確かな事実をもとに行うことは、明らかに意見論評の範囲を逸脱している。
要約4:大阪高裁の裁判官は、控訴人梅澤氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「公正な論評性の有無について」
・被控訴人大江は、戦後民主主義を描く上で、赤松大尉に対する悪意に満ちた人格非難を展開する必要はない。
・究極の人格非難を、真実性が証明されない不確かな事実をもとに行うことは、意見論評の範囲を逸脱している。
カ 本件各書籍の出版差止めについて
 本件各書籍は、長期間にわたり表現の自由市場に出回り、その内容は多くの読者に読まれ、批判検討されてきた。
「沖縄ノート」は38年にもわたり、30万部以上が販売され、一般読者に読まれてきた。控訴人らが求める本件各書籍の出版等の差止めはあくまでも事後的制裁であり、表現一般に対する抑止的効果も限定されていて、その差止めについては事前抑制の危険を論じる余地がない。
 北方ジャーナル事件最高裁判決は、出版物の頒布等の事前差止めに関するものであり、事前差止めに伴う弊害等が何ら存しない事後的な出版等の差止請求である本件には当てはまらない。
 本件各書籍に記載された隊長命令説の事実には真実性が認められないことは明らかであり、かつ、原判決がその旨判示するところである。したがって、原判決後の出版については違法牲の意識を伴う確定的故意が認められるのであり、真実相当性を認める余地はない。
 そして、上記判決が人格権としての名誉権に基づく実体的差止請求権の要件について判示しているところから明ら
かなように、名誉権が違法に侵害されていれば事後的差止めを認めるに十分であり、その表現内容が真実でない
ことが明白であることを求める理由はない。最高裁平成14年9月24日第三小法廷判決は、事後的な出版差止めにつき真実でないことの明白性を要件としていないことは明らかである。
 このようにして、本件は、名誉毀損者による真実性の証明がなく、被害者が重大な損害を被っていることが明白な事案であるから、本件各書籍の出版等の差止めは認められるべきである。
要約5:大阪高裁の裁判官は、控訴人梅澤氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件各書籍の出版差止めについて」
・控訴人らが求める本件各書籍の出版等の差止めはあくまでも事後的制裁である。
・北方ジャーナル事件最高裁判決は、事後的な出版等の差止請求である本件には当てはまらない。
・真実性の証明がなく、損害が明白な事案であるから、本件各書籍の出版等の差止めは認められるべきである。
キ 本件訴訟の目的について
 控訴人らは、自らの意思で、本訴を提起し、出版停止等を求めている。
 控訴人らの提訴の動機は、単なる自己の名誉や敬愛追慕 の情の侵害に止まらず、権威をもって販売されている本件各書籍や教科書等の公の書物において、沖縄における集団自決が控訴人梅澤及び赤松大尉が発した自決命令によって強制されたかのごとく記載されていることに対する義憤であり、このまま放置することができないとする使命感であった。
 しかし、世間の耳目を集める訴訟が個人の権利回復に止まらず、より大きな政治目的を併有していることは珍し
いことではなく、そのことは何ら非難されるものではない。
 集団自決の歴史を正しく伝えていくことは、軍命令という図式ではなく、米軍が上陸する極限状態のなかで住民た
ちが、何をどのように考え、どのような行動の果てに自決 していったのかを伝えていくことにある。
 そのことが本件訴訟の目的である。
要約6:大阪高裁の裁判官は、控訴人梅澤氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件訴訟の目的について」
・本件書籍や教科書等において、自決命令による強制されたかの記載に対する義憤、放置できない使命感である。
・世間の耳目を集める訴訟が、より大きな政治目的を併有していることは何ら非難されるものではない。
・集団自決の歴史は、米軍上陸の極限状態のなかで住民が、どうに自決 していったかを伝えていくことにある。
筆者注:
(1)裁判の目的を、義憤・使命感としながら、政治的目的を意図していることを正直に告白しています。
(2)集団自決を軍命令でなく、米軍上陸の極限の中でどう行動したかという住民側の問題にしています。
(2) 被控訴人ら
ア 特定性ないし同定可能性及び名誉毀損性の有無について
 控訴人梅澤自身、「沖縄ノート」に座間味島の隊長が自決を命令したことが記載されていないことを認めている。また、控訴人梅澤は、本件訴訟提起後の平成18年まで「沖縄ノート」を読んでいなかったことを認めている。したがっ
て、「沖縄ノート」が控訴人梅澤の名誉を毀損するものでないことは明らかである。
 また、沖縄ノートの本件各記述には、渡嘉敷島の守備隊長によって自決命令が出されたことも、赤松大尉を特
定する記述もなく、赤松大尉が集団自決を命じた事実あるいはこれを強制した事実を摘示したものではない。したがって、上記各記述は、赤松大尉の名誉を毀損するものではなく、控訴人赤松固有の名誉を毀損することもなく、控訴人赤松の赤松大尉に対する敬愛追慕の情を侵害することもないことが明らかである。
要約7:大阪高裁の裁判官は、被控訴人大江氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「特定性ないし同定可能性及び名誉毀損性の有無について」
・控訴人梅澤は、本件訴訟まで「沖縄ノート」を読んでいない。「沖縄ノート」が控訴人梅澤の名誉毀損ならない。
・沖縄ノートは、赤松大尉を特定する記述がなく、控訴人赤松の赤松大尉に対する敬愛追慕の情を侵害していない。
イ 本件各書籍の記述の真実性について
 以下のとおり、「太平洋戦争」記載の控訴人梅澤の自決命令は真実を記載したものである。また、「沖縄ノート」が控訴人梅澤及び赤松大尉の自決命令を記載したものであると仮定しても、控訴人梅澤及び赤松大尉の自決命令が
あったことは事実である。すなわち、座間味島及び渡嘉敷島駐留の日本軍は各島の住民に対し米軍が上陸した際には捕虜になることなく自決するよう指示・命令をしていた。これは各島の最高指揮官である控訴人梅澤や赤松大尉の意思に基づかずにはあり得ないことである。したがって、座間味島の集団自決は駐留する日本軍の隊長である控訴人梅澤の、渡嘉敷島の集団自決は駐留する日本軍の隊長である赤松大尉の、それぞれの命令によるものというべきである。
 以上のような事実がありながら、直接的かつ具体的な証拠がないから隊長命令があったと断定できないとし、名誉毀損の責任を負わせるのは、歴史的事実探求の自由や歴史的事実に対する表現の自由に萎縮効果や自己検閲をもたらし、憲法21条1項の趣旨に反するから、到底許されない。
要約8:大阪高裁の裁判官は、被控訴人大江氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件各書籍の記述の真実性について」
・米軍上陸の際には自決命令がる。これは最高指揮官の梅澤や赤松大尉の意思がなければあり得ない。
・具体的な証拠がないから隊長命令があったと断定できないとし、名誉毀損の責任を負わせるのは、表現の自由に萎縮効果や自己検閲をもたらし、憲法21条1項の趣旨に反するから、到底許されない。
ウ 本件各書籍の記述の真実相当性について
 文部科学省は、平成19年12月26日公表の教科用図書検定審議会日本史小委員会の「基本的とらえ方」において、本件訴訟の提起及び控訴人梅澤の陳述書等によって隊長命令があったとする従来の通説が覆されたとして行った平成19年3月30日発表の高校教科書の検定の際の立場を事実上撤回し、日本軍によって集団自決に追い込まれたなどの教科書の記述を認める立場に戻った。上記「基本的とらえ方」は、軍の関与は集団自決の要因の主要なものととらえることができるとする一方、それぞれの集団自決が住民に対する直接的な軍の命令により行われたことを示す根拠は、現時点では確認できていないとしているだけで、軍による手榴弾の配布や壕からの追い出しなどの「軍の関与」を集団自決の主要な要因として明確に認めている。したがって、上記「墓本的とらえ方」は、原判決が、日本軍並びに座間味島及び渡嘉敷島の隊長が集団自決に関与しており、隊長が自決命令を発したことについて合理的資料若しくは根拠があり、隊長が自決命令を発したことが真実であると信ずるについて相当な理由があると認定することの裏付けにこそなれ、同認定を覆す根拠となるものではない。
 また、原判決は、関係証拠から集団自決における「軍の関与」を認め、そこから隊長の関与を「推認」できるとした
が、それだけをもって隊長命令につき合理的資料若しくは根拠があるとしているわけではない。原判決は、控訴人梅澤及び赤松大尉が集団自決にそれぞれ関与したものと推認できることに加えて、少なくとも平成17年度の教科書検定までの高校の教科書の記載や、審議官が座間味島及び渡嘉敷島の集団自決について日本軍の隊長が住民に対し自決命令を出したとするのが従来の通説であった旨発言していたことに、学説の状況や諸文献の存在、家永三郎及び被控訴人大江の取材状況等を踏まえ、本件各記述については、合理的資料若しくは根拠があると評価できるとしている。原判決のこれらの判断は極めて正当である。
 そして、一旦出版された歴史研究書あるいは歴史的事実に関する論評を述べた書籍が、版を重ねている場合に
は、このような書籍は出版当時の著者の歴史認識や歴史的事実に対する論評を記載したものであり、読者もそのようなものとして読むことが通常である。したがって、仮に後に当該歴史的事実について新たな説や史料が明らかになったとしても、真実相当性は初版又は改訂版発行時を基準として判断がなされるべきである。仮にそうでないとしても、当該歴史的事実が虚偽であることが明白となり、誰の目からも当該記述を書き改めるべきであるといえる段階にならない限り、真実相当性は失われないというべきである。このように解さなければ、出版後に当該書籍に記載した歴史的事実に関する新たな史料等に常に目を光らせ、当該歴史的事実に少しでも疑問を述べるものがあれば出版の中止を検討しなければならないことになる。そうすると、そのような可能性のない事実以外は記述をしないことになり、歴史的事実を記述したり、歴史的事実に関する論評を行うことは事実上困難になり、まさに萎縮効果、自己検閲の弊害が生じることになるからである。これらの点をも考慮すると、各自決命令があったことについて真実相当性が認められることは一層明らかである。
要約9:大阪高裁の裁判官は、被控訴人大江氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件各書籍の記述の真実相当性について」
・文部科学省は、平成19年3月30日発表の高校教科書の検定の際の立場を事実上撤回し、日本軍によって集団自決に追い込まれたなどの教科書の記述を認める立場に戻った。
・軍による手榴弾の配布や壕からの追い出しなどの「軍の関与」を集団自決の主要な要因として明確に認めている。
・後に新たな説や史料が明らかでも、真実相当性は初版又は改訂版発行時を基準とすべきである。萎縮効果、自己検閲の弊害が生じることになるからである。
10 エ 真実相当性の法的性質について
 原判決は、控訴人梅澤及び赤松大尉が座間味島及び渡嘉敷島の住民に対し自決命令を発したことを直ちに真実と断定できないとしても、これらの事実については合理的資料又は根拠があると評価できるから、本件各書籍の各発行時及び原審口頭弁論終結時において被控訴人らが真実と信ずるについて相当の理由があったものと認められると判断したもので、最高裁が真実性の証明を違法性阻却事由とし、真実相当性を責任阻却事由として位置づけていることに何ら違背していない。

オ 公正な論評性の有無
 本件記述(2)は、慶良間列島の集団自決について「この事件の責任者」に言及しているが、慶良間列島の集団自
決に日本軍が深く関わり、守備隊長の関与が十分推認されるのであり、これについて「この事件の責任者」の責任に言及することは真実に基づく公正な論評に該当する。なお、控訴人梅澤自身、守備隊長としての責任を認めている。

カ 敬愛追慕の情侵害による不法行為の成否について
 原審でも主張したとおり、死者に対する敬愛追慕の情は単なる主観的感情にすぎず、不法行為における被侵害利益として保護に値するものといえるか疑問であり、敬愛追慕の情の侵害は不法行為を構成するとはいえない。
要約10:大阪高裁の裁判官は、被控訴人大江氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「真実相当性の法的性質について」原判決は、自決命令を真実と断定できないが、事実については合理的・根拠があると評価できるから、真実と信ずるについて相当の理由があったものと認められる。
(2)「公正な論評性の有無」について控訴人梅澤自身、守備隊長としての責任を認めている。
(3)「敬愛追慕の情侵害による不法行為の成否について」死者に対する敬愛追慕の情は主観的感情にすぎず、不法行為における被侵害利益として保護に値するものといえない。
11 キ 本件各書籍の出版等の差止めについて
 出版物の頒布の差止めは、公共的事項に関する事実や考え方が人々に到達することを禁止し、民主主義社会の基礎である公共的事項についての討論の機会を奪うことになるものであるから、原則として許されない。
 本件は、将来にわたり出版を禁止し、公共的事項に関する事実や評価が人々に伝わることを妨げるという点において、民主主義社会の基礎を崩壊させる危険のある事前抑制であることに変わりはない。
 控訴人梅澤は、沖縄タイムス社に対し、今後一切梅澤命令説に異議を述べないと表明している。「太平洋戦争」は40年間、「沖縄ノート」は38年間もの長期間、それぞれ出版が継続されてきたものであり、控訴人梅澤は、本訴を提起するまで、何ら異議を述べてこなかったし、本件各書籍以外の書籍等の梅澤命令説については現在に至っても問題にしていない。「沖縄ノート」の今後の頒布により控訴人梅澤が重大にして著しく回復困難な損害を被るとはいえない。
 次に、控訴人赤松についてみると、「沖縄ノート」が控訴人赤松の名誉を毀損するものでないことは明白であり、赤松大尉に対する敬愛追慕の情を侵害する不法行為に該当するものでもない。敬愛追慕の情の侵害を理由とする出版物の差止めが認められないことも、原審において述べたとおりである。したがって、控訴人赤松については、差止
めの要件について論じるまでもない。
要約11:大阪高裁の裁判官は、被控訴人大江氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件各書籍の出版等の差止めについて」
・出版物の頒布の差止めは、民主主義社会の基礎である公共的事項についての討論の機会を奪うことになる。
・公共的事項の事実や評価を妨げるという点において、民主主義社会を崩壊させる危険のある事前抑制である。
・「太平洋戦争」は40年間、「沖縄ノート」は38年間、出版が継続されてきた。控訴人梅澤は、本訴を提起するまで、何ら異議を述べてこなかった。本件書籍以外の梅澤命令説については現在に至っても問題にしていない。
・控訴人赤松についてみると、「沖縄ノート」が控訴人赤松の名誉を毀損するものでないことは明白である。
筆者注:
(1)「太平洋戦争」は1968年に初版が発行されています。「沖縄ノート」は1970年に初版が発行されています。
(2)2005年3月、梅澤氏らは「名誉毀損による損害賠償、出版差し止め、謝罪広告の掲載を求め」て大阪地裁に訴訟しました。
(3)控訴側は「発行当初から、梅澤氏と認知されていた」と主張していますが、提訴に非常に時間がかかっているのはどうしてなのでしょうか。
12 ク 本件訴訟の目的について
 本件訴訟は、控訴人らの自発的意思によって提起されたものではない。特定の歴史観に基づき歴史教科書を変えようとする政治的運動の一環であり、慶良間列島で発生した集団自決は、日本軍の指示・命令・強制によるものではなく、住民は国に殉じるために美しく死んだのだと歴史観を塗り替え、歴史教科書を書き換えさせようとする目的で提
起されたものである。本件訴訟がそのような目的のために利用されることがあってはならない。
要約12:大阪高裁の裁判官は、被控訴人大江氏らの補充主張の要点を指摘しています。
(1)「本件訴訟の目的について」
・本件訴訟は、特定の歴史観に基づき歴史教科書を変えようとする政治的運動の一環である。
・集団自決は、国に殉じるために美しく死んだのだと歴史観を塗り替え、歴史教科書を書き換えさせようとする目的で提起されたものである。
・本件訴訟がそのような目的のために利用されることがあってはならない。

HTML版:当裁判所の判断全文(114-118P)←クリック
第3 当裁判所の判断
1 判断の大要
 当裁判所も、原審同様、控訴人らの各請求は、当審で拡張された分を含めていずれも理由がないものと判断する。
 その理由の骨子は、次のとおりであり、詳細は、後記2以下のとおりである。
(1) 「太平洋戦争」の記述は控訴人梅澤の、「沖縄ノート」の各記述は控訴人梅澤及び赤松大尉の、各社会的評価を低下させる内容のものであったと評価できること、しかし、これらは高度な公共の利害に関する事実に係わり、か
つ、もっぱら公益を図る目的のためになされたものと認められること、以上の点は、おおむね原判決が説示するとおりである。
(2) 座間味島及び渡嘉敷島の集団自決については、「軍官民共生共死の一体化」の大方針の下で日本軍がこれに深く関わっていることは否定できず、これを総体としての日本軍の強制ないし命令と評価する見解もあり得る。しか
し、控訴人梅澤及び赤松大尉自身が直接住民に対してこれを命令したという事実(最も狭い意味での直接的な隊長命令―控訴人らのいう「無慈悲隊長直接命令説」)に限れば、その有無を本件証拠上断定することはできず、本件各記述に真実性の証明があるとはいえない。
要約1:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「判断の大要1」
・高裁も、地裁と同様、控訴人の各請求は、いずれも理由がない。
・「太平洋戦争」・「沖縄ノート」の記述は控訴人梅澤・赤松大尉の社会的評価を低下させる内容のものであった。
・しかし、高度な公共の利害に関する事実に係わり、もっぱら公益を図る目的のためになされたものと認められる。
(3) 集団自決が控訴人梅澤及び赤松大尉の命令によるということは、戦後間もないころから両島で言われてきたもので、本件各書籍出版のころは、梅澤命令説及び赤松命令説は学会の通説ともいえる状況にあった。したがって、本件各記述については、少なくともこれを真実と信ずるについて相当な理由があったと認められる。また、「沖縄
ノート」の記述が意見ないし公正なる論評の域を逸脱したとは認められない。したがって、本件各書籍の出版はいずれも不法行為に当たらない。

(4) 本件各書籍(「太平洋戦争」はその初版)は、昭和40年代から継続的に出版されてきたものであるところ、その後公刊された資料等により、控訴人梅澤及び赤松大尉の前記のような意味での直接的な自決命令については、その真実性が揺らいだといえるが、本件各記述やその前提とする事実が真実でないことが明白になったとまではいえない。他方、本件各記述によって控訴人らが重大な不利益を受け続けているとは認められない。そして、本件各記述は、歴史的事実に属し日本軍の行動として高度な公共の利害に関する事実に係わり、かつ、もっぱら公益を目的とするものと認められることなどを考えると、出版当時に真実性ないし真実相当性が認められ長く読み継がれている本件各書籍の出版の継続が、不法行為に当たるとはいえない。

(5) したがって、控訴人らの本件請求(当審での拡張請求を含む)はいずれも理由がない。
要約2:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「判断の大要2」
・本件各書籍出版のころは、梅澤命令説及び赤松命令説は学会の通説ともいえる状況にあった。したがって、本件各書籍の出版はいずれも不法行為に当たらない。
・本件は、その後の資料等により、直接的な自決命令については、その真実性が揺らいだといえるが、事実が真実でないことが明白になったとまではいえない。
・日本軍の行動として高度な公共の利害に関する事実、公益を目的とするものと認められる。出版の継続が、不法行為に当たるとはいえない。
2 検討の対象について
 当裁判所は、本件訴訟の主要な争点は、先に原判決の事実摘示を引用して示したとおり、(A)本件各記述が、控訴人梅澤の名誉を毀損し、控訴人赤松の亡兄に対する敬愛追慕の情を侵害するもので不法行為に該当するか否かなどの点(原審争点@ないしG)であるが、当審においては、さらに、次のような点についても十分な検討を要するものと考える。
 上記(B)の点は、控訴人らは、当審において、原判決で真実性が認められないと判断された以上それ以降の出版継続は当然に不法行為に該当するとして、請求の大幅な拡張を行った。他方、本件各書籍は、版を重ね世代を超えて読み継がれてきたものであり、その出版継続の禁止については、言論出版の自由、公共的事項に関する表現の自由、歴史的事実探求にかかる思想信条の自由というような重大な憲法上の法益との関係で、慎重な考慮を必要とする。これらの点からすると、上記(B)の点が当審での重要な争点となることは明らかである。
 次に、上記(C)の点については、そのような変化や社会情勢の変化は、本件各記述の意義や、それが個人の社会的評価としての名誉に及ぼす影響、さらには名誉毀損との関係で証明すべき真実性ないし真実相当性の内容などについても変化をもたらすと考えられるから、(C)の点についての検討が必要となってくる。
 また、原審口頭弁論終結後に、原判決では結論が出ていない状態とされた平成18年度教科書検定について文部科学省の判断が明らかになり、そのことなども根拠にして控訴審で請求の大幅な拡張がなされ、また、控訴人梅澤が自決をしてはならないと厳命し、これを受けて村長が住民に解散を命じたことを直接聞いたとする宮平秀幸新証言があらわれて大きく取り上げられているので、これらの評価については、控訴審としても新たな判断が求められている。
要約3:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「検討の対象について」
・(A)名誉を毀損し、敬愛追慕の情を侵害するもので不法行為に該当するか否か。
・(B)控訴人らは「原判決で真実性が認められないと判断された以上それ以降の出版継続は当然に不法行為に該当する」と主張。他方、思想信条の自由という憲法上の法益との関係で、慎重な考慮を必要とする。
・(C)認識の変化や社会情勢の変化は、真実性・真実相当性の内容などについても変化をもたらす。
・村長が解散を命じたことを直接聞いたとする宮平秀幸新証言が大きく取り上げられた。新判断が求められる。

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3 名誉毀損の成否の基準等について
 この点については、前項の(B)に係わる考察を付加して一部の判断を改めるほかは、おおむね原判決が「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」の1において説示するとおりである。
 そこで、これを以下に引用し、それを補正する形式で当裁判所の判断を示すこととする。

【原判決の引用】
第4・1 名誉毀損の成否の基準等について
(1) ・・・
 人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償又は名誉回復のための処分を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。
要約1:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「名誉毀損の成否の基準等について」は、前項の(B)に係わる考察を付加して一部の判断を改めるほかは、おおむね原判決が「事実及び理由」の「第4 当裁判所の判断」の1において説示するとおりである。
(2)「原(地裁)判決の引用1」
・名誉を違法に侵害された者は、損害賠償・名誉回復の処分を求め、侵害行為の差止めを求めることができる。
(2) 書籍の執筆、出版を含む表現行為一般について公益を図ることが唯一の動機であることが必要であるとすることは、実際上困難であるから、ここにいう「その目的がもっぱら公益を図るものである場合」というのは、書籍の執筆、出版について、他の目的を有することを完全に排除することを意味するのではなく、その主要な動機が公益を図る目的であれば足りると解するのが相当である。
 また、ある書籍中の記述が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記述についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきである。
要約2:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用2」
・「その目的がもっぱら公益を図るものである場合」というのは、その主要な動機が公益を図る目的であれば足りる。
・社会的評価を低下させるかどうかは、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきである。
(3) 沖縄ノートの各記述中には、事実を基礎とした意見ないし論評にわたる部分が存在している。
 沖縄ノートの各記述中の事実を基礎とした意見ないし論評にわたる部分については、まず、その部分が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的がもっぱら公益を図ることにあったこと及びその意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であること若しくは真実相当性の証明があったかどうかを判断することになるが、この点は、名誉毀損を理由とする損害賠償請求の要件と重なる面がある。そして、これが認められた場合には、さらに人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものであるか否かを検討することとなる。
要約3:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用3」
・沖縄ノートの各記述について真実であること若しくは真実相当性の証明があったかどうかを判断することになる
・これが認められた場合、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものであるか否かを検討することとなる。
(4) 次に名誉毀損を理由とする侵害行為の差止めとしての本件各書籍の出版等差止めの要件について検討する。
 人格権としての名誉権に基づく出版物の頒布等の事前差止めは、その表現内容が真実でないか又はもっぱら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときに限り、例外的に許される。
 公共の利害に深く関わる事柄については、本来、事実についてその時点の資料に基づくある主張がなされ、それに対して別の資料や論拠に基づき批判がなされ、更にそこで深められた論点について新たな資料が探索されて再批判が繰り返されるなどして、その時代の大方の意見が形成され、さらにその大方の意見自体が時代を超えて再批判されてゆくというような過程をたどるものであり、そのような過程を保障することこそが民主主義社会の存続の基盤をなすものといえる。特に、公務負に関する事実についてはその必要性が大きい。そうだとすると、仮に後の資料からみて誤りとみなされる主張も、言論の場において無価値なものであるとはいえず、これに対する寛容さこそが、自由な言論の発展を保障するものといえる。したがって、新しい資料の出現によりある記述の真実性が揺らいだからといって、直ちにそれだけで、当該記述を含む書籍の出版の継続が違法になると解するのは相当でない。
 そして、本件で問題になっているのは、太平洋戦争後期に座間味島で第一戦隊長として行動した控訴人梅澤及び渡嘉敷島で第三戦隊長として行動した赤松大尉が、太平洋戦争後期に座間味島、渡嘉敷島の住民に集団自決を命じたか否かであって、控訴人梅澤及び赤松大尉は日本国憲法下における公務員に相当する地位にあり各記述は高度な公共の利害に係り、後述のようにもっぱら公益を図る目的のものであるから、本件各書籍の出版の差止め等は、 少なくとも、@その表現内容が真実でない・・・ことが明白であって、かつ、A被害者が重大な不利益を受け続けているときに限って認められると解するのが相当である。・・・。
要約4:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用4」
・名誉権に基づく出版物の事前差止めは、真実でないか、公益を図る目的でないか、損害を被るときに限る。
・本来、事実に基づくある主張がなされ、別の資料に基づき批判がなされ、更に新たな資料が探索されて再批判が繰り返されるなどして、その時代の大方の意見が形成され、さらにその大方の意見自体が時代を超えて再批判されてゆくというような過程をたどるものであり、そのような過程を保障することこそが民主主義社会の存続の基盤をなすものといえる。
・後の資料からみて誤りとされる主張も、これに対する寛容さこそが、自由な言論の発展を保障するものといえる。
・控訴人梅澤及び赤松大尉は公務員であり、本件各書籍の出版の差止め等は、@真実でないA被害者が重大な不利益を受け続けているときに限って認められると解するのが相当である。
筆者注:
(1)私も、ホームページなどで言論活動を展開しています。高裁の判断を高く評価します。
(2)自分にとって有利な史料も不利な史料もすべて提示して自由に議論するようにしています。
(3)私が知らない新しい史料が提示されると、過去の史料と共に検証するようにしています。
(5) 控訴人赤松は、赤松大尉の弟であり、本件請求は、赤松大尉の名誉が本件各書籍により侵害され、これにより控訴人赤松の赤松大尉に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする。
 ところで、死者に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする損害賠償請求について、
「比較的広く知られ、かつ、何が真実かを巡って論争を呼ぶような歴史的事実に関する表現行為について、当該行為が故人に対する遺族の敬愛追慕の情を違法に侵害する不法行為に該当するものというためには、その前提とし
て、少なくとも、故人の社会的評価を低下させることとなる摘示事実又は論評若しくはその基礎事実の重要な部分が全くの虚偽であることを要するものと解するのが相当であり、その上で、当該行為の属性及びこれがされた状況などを総合的に考慮し、当該行為が故人の遺族の敬愛追慕の情を受忍しがたい程度に害するものといい得る場合に、当該行為についての不法行為の成立を認めるのが相当である。」(東京高裁平成18年5月24日判決)。
 まず赤松大尉に関する記述についても、通常の名誉毀損を理由とする損害賠償請求に関する要件を検討し、それが認められる揚合に、さらに死者に対する敬愛追慕の情を内容とする人格権を侵害されたことを理由とする損害賠償請求の要件について検討を進めることとする。・・・。
要約5:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用5」
・死者に対する敬愛追慕の情を内容とする損害賠償請求について、「基礎事実が全くの虚偽であること、敬愛追慕の情を受忍しがたい場合に、当該行為についての不法行為の成立を認めるのが相当である」
・敬愛追慕の情を内容とする人格権が侵害されたことを理由とする損害賠償請求の要件について検討する。
(6) 本件で問題となっているのは、座間味島、渡嘉敷島における住民の集団自決であり、それは、昭和20年3月26日から同月28日にかけて発生したものであって、歴史の教科書に採り上げられるような歴史的事実に関わるものであって、既に発生から60年を超える年月が経過している。
 このような歴史的事実の認定については、多くの文献、史料の検討評価が重要な要素とならざるを得ず、また、その当時の社会組織や国民教育、時代の風潮、庶民一般の思考や価値観、日本軍の組織や行動規範など多くの社会的な背景事情を基礎として、多様な史料を多角的に比較、分析、評価して、事実を解明してゆくことが必要となる。それらは、本来、歴史研究の課題であって、多くの専門家によるそれぞれの歴史認識に基づく様々な見解が学問の場において論議され、研究され蓄積されて言論の場に提供されていくべきものである。司法にこれを求め、仮にも「有権的な」判断を期待するとすれば、いささか、場違いなことであるといわざるを得ない。
 しかし、もとより、裁判所は、控訴人らに具体的な権利の侵害があればその救済を使命とするものであって、真実相当性の有無の判断に際しては、集団自決を体験したとする座間味島、渡嘉敷島の住民の供述やそうした記載を掲載している諸文献が重要な意味を有することは明らかである。
要約6:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用6」
・このような歴史的事実の認定については、多くの文献、国民教育、時代の風潮、日本軍の組織や行動規範など多くの社会的な背景事情を基礎として、多様な史料を多角的に比較、分析、評価して、事実を解明してゆくことが必要となる。
・それらは、本来、歴史研究の課題であって、多くの専門家によるそれぞれの歴史認識に基づく様々な見解が学問の場において論議され、研究され蓄積されて言論の場に提供されていくべきものである。
・司法にこれを求め、「有権的な」判断を期待するとすれば、いささか、場違いなことであるといわざるを得ない。
筆者注:
(1)裁判所の判決書に「司法にこれ(大学の自治が保障する学問・研究上の歴史認識の判断)を求め、有権的な判断(白・黒)を期待するとすれば、いささか、場違い」と指摘されています。

HTML版:4 特定性ないし同定可能性、名誉毀損性及び目的の公益性につ全文(125-130P)←クリック
4 特定性ないし同定可能性、名誉毀損性及び目的の公益性について
 本件各記述の、特定性ないし同定可能性の有無(原審争点@)、名誉毀損性の有無(同(A))及び目的の公益性の有無(同B)についても、一部の補正並びに2の(B)及び(C)に関し注記を付加するほかは、原判決が「事実及び理
由」の「第4 当裁判所の判断」の2ないし4において説示するとおりであるから、これを以下に引用する

【原判決の引用】

第4・2 争点@(特定性ないし同定可能性の有無)について
(1) 沖縄ノートの各記述の内容は、その記載が赤松大尉若しくは控訴人梅澤に関する記述であると特定ないし同定し得るか否かについて検討する。
要約1:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「特定性ないし同定可能性、名誉毀損性及び目的の公益性について」一部の補正・付加以外は、原判決の説示するとおりであるから、これを以下に引用する
(2)「原(地裁)判決の引用1」
・沖縄ノートが赤松大尉・控訴人梅澤に関する記述であると特定ないし同定し得るか否かについて検討する。
(2) その記述が、ある事件を基礎に記載されているものの、具体的事件内容が文学的に昇華されるなどして、当該事件と当該他人とを結びつけることが困難な場合には、名誉毀損を論ずることはできないけれども、問題となる記述が、ある事件をそのままに題材とし、当該他人の氏名等の特定情報を明示していなかったとしても、当該事件がかって大きく報道され、その後の入手可能な文献等にも、氏名等の特定情報が記載されているような場合、その報道に接し若しくは文献等を読み記憶を止めている者やその記述に接して改めて当該文献等を読んだ者などにとってみれ
ば、当該記述と当該他人とが結びつけることは困難であると言い難い。したがって、後者の場合においては、当該記述は、他の公開された情報と結びつくことにより、当該他人の客観的な社会的評価を低下させることは十分にあり得ることである。
要約2:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用2」
・具体的事件が文学的昇華され、当該事件と当該他人との関連が困難な場合、名誉毀損を論ずることはできない。
・ある事件をそのままに題材とし、当該他人の氏名等の特定情報を明示していなかったとしても、公開された情報と結びつくことにより、当該他人の客観的な社会的評価を低下させることは十分にあり得ることである。
(3) これをまず赤松大尉について検討する。
 沖縄ノートの各記述は、著者である被控訴人大江が沖縄戦における集団自決の問題を本土日本人の問題としてとらえ返そうとしたものであることは、記載のとおりである。
 沖縄ノートの記述は、渡嘉敷島における集団自決を命じたのが、当時の守備隊長であることが前提となっている。
 渡嘉敷島における集団自決が行われた際に、赤松大尉が渡嘉敷島の守備隊若しくは軍隊の長であることを記載し若しくは窺わすことができる書籍は、多数存在する上、沖縄ノートでも取り上げられたとおり、証拠によれば、赤松大尉は、昭和45年3月28日に渡嘉敷島で行われる戦没者合同慰霊祭に参加しようとしたが、同日、「虐殺者赤松を許すな」などと記載した張り紙を掲げた反対派の行動もあって那覇市から渡嘉敷島に渡る船に乗らなかったことが沖縄タイムス及び琉球新報の同日夕刊に報じられたこと、両夕刊には「赤松氏」又は「赤松元大尉」と大書されていたこと、同月27日の神戸新聞でも、集団自決を命じたといわれる赤松大尉が那覇空港で民主団体等に責任を追及され大騒ぎになったと報道されたこと、アサヒグラフの同年4月17日号でも、赤松大尉は、元隊長として過去の責任追及を受
け、慰霊祭に参加できなかったと報道されたこと、赤松大尉が「潮」(昭和46年11月号)に記載した手記でも、赤松大尉のことが週刊誌で数回取り上げられたことのほか、慰霊祭に参加できなかったことを記載していたことが認められ
る。さらに、沖縄ノートが引用する上地一史「沖縄戦史」には、「赤松大尉」と明示した記載がある。
 以上の事実によれば、沖縄ノートの各記述に、諸文献、前記沖縄タイムス及び琉球新報等の報道を踏まえれば、不特定多数の者が沖縄ノートの各記述の内容が、赤松大尉に関する記述であると特定ないし同定し得ることは否定できない。とりわけ、沖縄ノートで取り上げられた渡嘉敷島の守備隊長が渡嘉敷島に渡る船に乗船できなかったことなどを報じる前記沖縄タイムス及び琉球新報の報道に接した者であれば、その関連づけは極めて容易であると認められる。
要約3:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用3」
・沖縄ノートは、大江が沖縄戦における集団自決の問題を本土日本人の問題としてとらえ返そうとしたものである。
・渡嘉敷島の集団自決の際に、赤松大尉が渡嘉敷島の軍隊の長であることを記載した書籍は、多数存在する。
・不特定多数の者が「沖縄ノートの記述の内容が、赤松大尉に関する記述である」と特定ないし同定し得る。
(4) 次に控訴人梅澤について検討する。
 沖縄ノートの各記述は、主に慶良間列島の渡嘉敷島の元守備隊長に関する記載であることが認められる。
 しかしながら、沖縄ノートの本件記述には、「慶良間列島においておこなわれた、七百人を数える老幼者の集団自決」が日本人の軍隊の部隊の行動を妨げず食糧を部隊に提供するために自決せよとの命令に発せられるとの記載がある上、引き続き「この血なまぐさい座間味村、渡嘉敷島の酷たらしい現場」との記載があるとおりである。そうする
と、沖縄ノートの本件記述は、少なくとも控訴人梅澤をも対象とした記載と評価される。被控訴人大江自身、その本人尋問において、「自己欺瞞は、自分に対するごまかしです。そして、これは渡嘉敷、そして座間味島の、慶良間の2つの島の集団自決の責任者たちは、そのようなごまかし、すなわちこの集団自決の責任が日本軍にあるということを言いくるめる、ほかの理由があるかのように言いくるめるということを繰り返したことであろうというふうに書きました。」などのように供述するなどして、沖縄ノートが控訴人梅澤をも対象にしたことを自認している。
 そして、座間味村における集団自決が行われた際に、控訴人梅澤が座間味島に駐留する軍隊の長であることを記載し若しくは窺わすことができる書籍は、諸文献を始めとして、多数存在する上、この中に存し、沖縄ノートも引用する上地一史「沖縄戦史」には、「梅澤少佐」と明示した記載がある。
 以上の事実によれば、沖縄ノートの各記述に、諸文献を踏まえれば、不特定多数の者が沖縄ノートの本件記述の内容は、その記載が控訴人梅澤に関する記述であると特定ないし同定し得ることは否定できない。

(5) 以上、検討したところによれば、特定性ないし同定可能性の有無についての被控訴人らの主張は、理由がないというべきである。
要約4:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「原(地裁)判決の引用4」
・被控訴人大江自身、沖縄ノートが控訴人梅澤をも対象にしたことを自認している。
・座間味村の集団自決の際に、控訴人梅澤が座間味村の軍隊の長であることを記載した書籍は、多数存在する。
・不特定多数の者が「沖縄ノートの記述の内容が、控訴人梅澤に関する記述である」と特定ないし同定し得る。
・特定性ないし同定可能性の有無についての被控訴人らの主張は、理由がない。
第4・3 争点A(名誉毀損性の有無)について記述(1)は、第2・2(3)アのとおりである。
 本件記述には、「座間味島の梅沢隊長は、老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよと命令し」たなどとの記述があり、本件記述は、控訴人梅澤が部隊の食糧を確保するために本来、保護してしかるべき老幼者に対して無慈悲に自決することを命じた冷徹な人物であるとの印象を与えるものであって、控訴人梅澤の客観的な社会的評価を低下させる記述であったことは明らかである。

(2)ア 「沖縄ノート」の発行年月日、発行部数及び沖縄ノートの各記述は、第2・2(3)イのとおりである。
要約5:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「名誉毀損性の有無1」
・「沖縄ノート」には、「梅沢隊長は、老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよと命令し」たなどとの記述があり、保護してしかるべき老幼者に対して無慈悲に自決することを命じた冷徹な人物であるとの印象を与えるものであって、控訴人梅澤の客観的な社会的評価を低下させる記述であったことは明らかである。
イ 沖縄ノートの69頁では、座間味島と渡嘉敷島でのそれぞれの集団自決を併せて慶良間列島の集団自決と包括的に捉えた上で、その原因が日本軍の命令によるものであるとして、集団自決命令の主体を特定人としないような記述がなされているものの、その記述の直後で、慶良間列島の集団自決を指して「この事件」とした上で、「この事件の責任者」が沖縄に対するあがないをしておらず、このような責任者の態度について「この個人の行動の全体は、いま本土の日本人が綜合的な規模でそのまま反復している」との記述がなされているから、慶良間列島の集団自決に
ついて、自決命令を発した人物が存在するような記述の仕方となつている。
 また、沖縄ノートの各記述においては、「渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男」、「『命令された』集団自殺を引き起こす結果をまねいたことがはっきりしている守備隊長」、「慶良間の集団自決の責任者」などとの表現が使用され、それ以外の部分でも、渡嘉敷島の集団自決の責任者が、渡嘉敷島の旧守備隊長である旨の記述が繰り返されているから、渡嘉敷島の守備隊長が渡嘉敷島の住民に対し自決命令を発したと読める記述となっていることが認められる。
要約6:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「名誉毀損性の有無2」
・「沖縄ノート」には、集団自決命令の主体を特定人としないような記述がなされているものの、自決命令を発した人物が存在するような記述の仕方となつている。
・「渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男」などの記述が繰り返されているから、渡嘉敷島の守備隊長が渡嘉敷島の住民に対し自決命令を発したと読める記述となっている。
ウ 沖縄ノートの各記述における座間味島及び渡嘉敷島の守備隊長が、他の諸文献等と併せて考えると、それぞれ控訴人梅澤及び赤松大尉であると特定ないし同定し得ることは、前2において判示したとおりである。
 本件記述は、座間味島及び渡嘉敷島を含む慶良間列島での集団自決が日本軍の命令によるものであるとし、慶良間列島での集団自決の責任者の存在を示唆しているから、沖縄ノートの各記述の他の記載と併せて読めば、座間味島及び渡嘉敷島の守備隊の長である控訴人梅澤及び赤松大尉が集団自決の責任者であることを窺わせるものである。したがって、本件記述は、集団自決という平時ではあり得ない残虐な行為を命じたものとして、控訴人梅澤及び赤松大尉の客観的な社会的評価を低下させるものであった認められる。
 本件記述は、「渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男」、「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」、「慶良間の集団自決の責任者」などと記載し、赤松大尉が渡嘉敷島での集団自決を強制したことを前提とする記述になっており、集団自決という残忍な行為を強制したものとして、赤松大尉の客観的な社会的評価を低下させる記載であることは明らかである 。
要約7:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「名誉毀損性の有無3」
・沖縄ノートの守備隊長が、他の諸文献等と併せてると、控訴人梅澤及び赤松大尉であると特定ないし同定し得る。
・集団自決という残虐な行為を命じたとして、控訴人梅澤及び赤松大尉の社会的評価を低下させるものである。

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4 争点B(目的の公益性の有無)について
(1) 第4・1(2)のとおり、民事上の不法行為
たる名誉毀損が違法性がないと判断されるためには、表現行為の目的が、もっぱら公益を図るものであることが必要となるが、書籍の執筆、出版を含む表現行為一般について、唯一の動機のみによってそれを行うことは実際上困難である。したがって、もっぱら公益を図るという要件は、他の目的を有することを完全に排除することを意味するものではなく、主要な動機が公益を図る目的であれば足りると解すべきである。
要約1:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「目的の公益性の有無1」
・もっぱら公益を図るという要件は、主要な動機が公益を図る目的であれば足りると解すべきである。
(2)ア 「太平洋戦争」については、それが歴史研究書であること、公益を図る目的によるものであることについては、公益を図る目的も併せもってなされたものである限度で当事者間に争いがない。以上の当事者間に争いがない事実に、証拠を総合すれば、「太平洋戦争」の著者である家永三郎は、「太平洋戦争」(第一版)の初版序において、太平洋戦争について、「総力戦として国民生活のあらゆる領域をその渦中にまきこまずにおかなかったこの戦争の経過を述べようとするならば、他の局部的主題を選ぶ場合と違い、当然、一九三一年以来の日本歴史の総体について述べなければならないことになるのはもとより、第二次世界大戦の一環としてのこの戦争の世界史的性格からして、相手側の国や関係中立国の国内事情およびそれらを基礎として織り出された国際関係史にまで筆を及ぼさなければ、太平洋戦争史の全貌は究めつくされないであろう。厳密に科学的な太平洋戦争史はそれらの要求を充たしたものでなければなるまいが、それは私のごとき視野狭く力のとぼしいものにとっては、到底実行できない注文である。しかし、それと同時に、日本史、なかんずく日本近代史の研究 者の一人として、太平洋戦争の歴史的理解を回避することも、また許されないのではなかろうか。ことに私のように戦争中すでに一人前の国民として社会に出ていて戦後に生きのこった人間の場合、戦争中に、これに協力するか、便乗するか、面従腹背の態度で処するか、傍観するか、抵抗するか、なんらかの形で実践的に戦争を評価することなしにはすましてこられなかったはずであるから、その当時の実践的評価が今日からふりかえって正しかったかどうかを反省することをしないで現代の世界にまじめに生きていけるわけはないと思うし、まして日本史の研究者である以上、学問的見地からのきびしい反省を試みる義務があるとさえ思われるのである。太平洋戦争のトータルな学問的理解が私の能力を超えた、あまりにも過大なテーマであることを十分承知しながら、あえてこのようなテーマの書物を書く決心をしたのは、上のような内的動機があったからであった。」と記述していること、家永三郎は、「太平洋戦争」の引用文献から明らかなように、多数の歴史的資料、文献等を調査した上で「太平洋戦争」(第一版)から「太平洋戦争」までの各書籍の執筆をしたことが認められるから、本件記述に係る 表現行為の主要な目的は、戦争体験者として、また、日本史の研究者として、太平洋戦争を評価、研究することにあったものと認められ、それが公益を図るものであることは明らかである。
 そして、そのような目的をもって執筆された「太平洋戦争」を発行した被控訴人岩波書店についても、その主要な目的が公益を図るものであったものと認められる。
要約1:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「目的の公益性の有無2」
・「太平洋戦争」について、それが歴史研究書、公益を図る目的によるものであることは、当事者間に争いがない。
・「太平洋戦争」の目的は、戦争体験者として、また、日本史の研究者として、太平洋戦争を評価、研究することにあったものと認められ、それが公益を図るものであることは明らかである。
・その目的をもつ「太平洋戦争」を発行した岩波書店にも、その目的が公益を図るものであったものと認められる。
イ 次に、「沖縄ノート」について判断する。沖縄ノートの主題及び目的は、この当事者間に争いのない事実に、証拠を総合すれば、沖縄ノートは、被控訴人大江が、沖縄が本土のために犠牲にされ続けてきたことを指摘し、その沖縄について「核つき返還」などが議論されていた昭和45年の時点において、沖縄の民衆の怒りが自分たち日本人に向けられていることを述べ、「日本人とはなにか、このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえることはできないか」との自問を繰り返し、日本人とは何かを見つめ、戦後民主主義を問い直したものであること、沖縄ノートの各記述は、沖縄戦における集団自決の問題を本土日本人の問題としてとらえ返そうとしたものであることが認められ、これに沿うように、被控訴人大江は、本人尋問において、@日本の近代化から太平洋戦争に至るまで本土の日本人と沖縄の人たちとの間にどのような関係があったかという沖縄と日本本土の歴史、A戦後の沖縄が本土と異なり米軍政下にあり、非常に大きい基地を沖縄で担っているという状態であったことを意識していたかという反省、B沖縄と日本本土との間のひずみを軸に、日本人は現 在のままでいいのか、日本人がアジア、世界に対して普遍的な国民であることを示すためにはどうすればよいかを自分に問いかけ、考えることが沖縄ノートの主題である旨供述している。そして、被控訴人大江は、その本人尋問において、慶良間列島における集団自決について取り上げたことについて、「私は慶良間列島において行われた集団自決というものに、歴史の上での日本、そして現在の日本、特に沖縄戦の間の日本、そして沖縄現地の人々との関係というものが明瞭にあらわれていると考えまして、それを現地の資料に従って短く要約するということをしております。」と供述し、また、赤松大尉による集団自決の問題を取り上げたことについて、「私は、今申しました第2の柱の中で説明いたしましたけれども、私は新しい憲法のもとで、そして、この敗戦後、回復しそして発展していく、繁栄していくという日本本土の中で暮らしてきた人間です。その人間が沖縄について、沖縄に歴史において始まり、沖縄戦において最も激しい局面を示し、そして戦後は米軍の基地であると、そして憲法は認められていない、その状態においてはっきりあらわれている本土と沖縄の間のギャップ、差異、あるいは 本土からの沖縄への差別と、沖縄側から言えば沖縄の犠牲ということをよく認識していないと。しかし、そのことが非常にはっきり、今度のこの渡嘉敷島の元守備隊長の沖縄訪問によつて表面化していると、そのことを考えた次第でございます。」と供述している。
 これらの事実及び、控訴人梅澤及び赤松大尉が日本国憲法下における公務員に相当する地位にあったことを考えると、沖縄ノートの各記述に係る表現行為の主要な目的は、前記の反省の下、日本人のあり方を考え、ひいては読者にもそのような反省を促すことにあったものと認められ、それが公共の利害に関する事実に係り、公益を図るものであることは明らかである。
 そして、そのような目的をもって執筆された「沖縄ノート」を発行した被控訴人岩波書店についても、その主要な目的が公益を図るものであったものと認められる。
要約3:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「目的の公益性の有無3」
・控訴人梅澤及び赤松大尉が公務員、沖縄ノートの目的が読者にも反省を促すことにあったものと認められ、それが公共の利害に関する事実に係り、公益を図るものであることは明らかである。
・その目的をもつ「沖縄ノート」を発行した岩波書店にも、その目的が公益を図るものであったものと認められる。
(3) 以上によれば、本件各記述に係る表現行為の目的がもっぱら公益を図る目的であると認めることができる。
要約4:大阪高裁の裁判官は、高裁の判断を明示しました。
(1)「目的の公益性の有無4」
・以上、本件各記述に係る表現行為の目的がもっぱら公益を図る目的であると認めることができる。

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