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NO.070 第四章 武家社会の形成 

凡例:[1    ](項目)、「2    」(人名)、『3   』(書籍名・作品名)

2-2〕 鎌倉文化(2)
3 念仏(2)
ロ *A「1    」(法然の弟子として越後に流罪。貴族の出。妻がE恵信尼)エピソード
�@ 越後より関東地方に移って農村で布教の生活
�A 師法然の念仏の救いを一歩推進
�B *A[2    ]宗開祖
�C 著作物B『3    』、弟子唯円B『4    』史料
�D *B[5    ]の教え
a B[6    ](煩悩の深い人間)こそが阿弥陀の救おうとする相手である
b D[7    ](自力によって成仏をはかるのではなく、
ひたすら阿弥陀如来を信じてその教えを待つという信仰の立場)
�E 支持者−農民や地方武士
�F 本山C[8    ]寺→別名*A[9    ]宗(一揆の信仰の中心)
ハ *A「10    」(=智真。伊予の有力武士の家で誕生。D遊行上人ともいう)エピソード
�@ 踊念仏によって多くの民衆に教えをひろめる
�A 各地を布教活動
�B *A[11    ]宗開祖(平生を臨終と心得て念仏する臨命終時宗の意味)
�C 著作物C『12    』語録
�D *C[13    ]教え
a 善人・悪人や信心の有無を問わず踊りながら念仏を唱える
b それだけですべての人が救われる。E時衆(遊行の人々)
c c.E陣僧(従軍僧)
�E 支持者−武士や農民
�F 本山D[14    ]寺(別名E遊行寺)
4 題目(他力)−*A「15    」(安房の一漁村で誕生)エピソード
イ 天台宗を学ぶ
ロ 従来の法華信仰をもとに、浄土教に刺激されて新生面を開拓
ハ *A[16    ]宗開祖
二 著作B『17    』史料、E『観心本尊鈔』E『開目鈔』
ホ 教え
�@ 法華経を釈迦の正しい教えとして選び*A[18   ](南無妙法蓮華経)を唱号
�A 人は即身成仏、世界は浄土となる
へ 戦闘的折伏
�@ 鎌倉を中心に他宗を激しく攻撃しながら布教→幕府による度々の迫害
�A 『念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊』
ト 支持者−関東中心 チ.本山D[19    ]寺
5 *A[20    ]
イ 背景−当時の中国でも盛況
�@ 禅宗−関東で武士を中心に大きな勢力を保持
�A *A[21    ](精神を集中して無念無想の境地に入ろうとする修行の方法)
によってみずからを鍛練し、釈迦の境地に近づくことを説く
ロ *A「22    」(備中の人。天台の僧。1168年入宋)→日本に禅宗を招来エピソード
�@ *A[23    ]宗開祖(中国におけるその派の開祖から呼称)
�A 著作物B『24    』、E『喫茶養生記』
�B 教え−座禅の中で師から与えられるE[25    ](先人の言行を題材に普遍的
な真理を体得できるよう設定した課題)を一つ一つ解決し、悟りに達する
�C 密教の祈祷にもすぐれ、貴族や幕府首脳の帰依をうける
�D 本山A[26    ]寺
�E その後−E円爾弁円(宋より帰国後、東福寺建立)→その弟子無関・無住
�F 幕府、臨済宗を重んじ、禅僧を招聘
a *A「27    」(北条時頼の帰依をうけて鎌倉に*A[28  ]寺を建立)
b *A「29    」(北条時宗が招聘。鎌倉に*A[30    ]寺を建立)
c E一山一寧(いっさんいちねい。南禅寺建立)−元が禅僧によって懐柔しよう
として日本へ派遣。貞時、これを知り伊豆に幽閉→その後尊崇
d E兀庵普寧→弟子東巌慧安
�G 発展の理由−禅宗の厳しい修行が武士の気風と一致→幕府と強く結合
解答

正解数(   )問/問題数(30)問=正解率(    )%

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