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NO.184 第8章 近代国家の成立(1)

凡例:[1    ](項目)「2    」(人名)『3   』(書籍名・作品名)

3] 民権運動の激化
背景−A[1    ]財政(緊縮財政)下での農民の窮迫→民権運動の全国的後退
官吏登用・生活や経営難→支持者C[2    ](大土地所有者)層の運動離脱
結果−農民・一部自由党員やB[3    ]党(別名D借金党)等の一揆的行動
経過エピソード
[4   ](明治15)年 3月 長州のA「5    」41才、渡欧
4月 [6    ]事件(土佐のA「7    」46才が遭難した事件)
6月 [8    ]改正(集会・結社の取締法→民権運動の弾圧)
11月 土佐のA「9    」40才・A「10    」45才の外遊問題
@自由党で土佐のE馬場辰猪33才・東京のC田口卯吉ら外遊に反対
 a.政府−後藤を抱き込み、板垣を説得させる
 b.10数名が脱党→党の結束は乱れる
A改進党、C[11    ]疑惑を追及(工作−井上、費用−三井)
B自由党、改進党首A「12    」と三菱との関係を暴露
C結果−板垣、フランスに失望しイギリス指向へ(急進主義の転換)
*A[13    ]事件(最初の自由党激化事件)
@薩摩の県令A「14    」48才が不況化の農民に労役(県道造営)
A数千人の農民が抵抗
B福島自由党、訴訟により間接的支援
C県議会議長A「15    」34才ら自由党員大量検挙→星亨、弁護
1883年 3月 [16    ]事件(新潟県の自由党員の政府高官暗殺未遂事件)
7月 公家のA「17    」59才、没
8月 長州のA「18    」42才、帰国
9月 [19    ]党(党首福地源一郎)、解党エピソード
1884年 5月 [20    ]事件(政府の弾圧と自由党幹部の妥協に憤った急進
 派が群馬県妙義山麓で蜂起した事件)
9月 [21    ]事件(茨城・福島・栃木3県の自由党急進派が福島
 県令A「22    」50才暗殺を計画して茨城で蜂起した事件)
10月 「23    」党(党首板垣退助48才)、解党
*A[24  ]事件(数万の農民が不況下で急増する負債減免を要求)史料
@埼玉県の農民がB[25   ・   ]党を組織
A大井憲太郎ら自由党急進派の指導で負債減免を叫び蜂起→軍隊鎮圧
12月 [26    ]事件(愛知の自由党急進派による政府打倒未遂事件)
[27   ]事件(長野と愛知の自由党員による政府打倒未遂事件)
党首A「28    」47才・河野ら、改進党から脱党→事実上の解党
[29    ]事変
@日本公使館と結んだ朝鮮のC[30    ]党による親清派の
 C[31    ]党打倒のク−デタ
A失敗(民権派、強硬外交を主張)→朝鮮開化党弾圧
[32   ](明治18)年 *B[33    ]事件
@旧自由党員*C「34    」43才・C「35    」21才ら
A朝鮮での保守政権打倒計画→朝鮮独立党政権樹立計画未遂
B北村透谷−軍資金獲得の強奪に誘われ、民権運動から離脱
C民権運動の衰退化
[36   ](明治19)年 後藤・星ら、B[37         ]運動提唱
@自由党・改進党、反目を忘れ小異を捨て大同して団結
A憲法発布・議会開設の直前
1887年 10月 *A[38    ]運動勃興→大同団結運動と結合→政府への脅威史料
@井上外交への反対運動が契機
A言論の自由・地租軽減・対等条約の締結の三項目を元老院へ提出史料 史料
12月 *A[39    ]7条公布史料
@反政府運動の弾圧法規
A在京の民権派を追放(中江・幸徳・尾崎・星・片岡ら570名余)
1889年 土佐のA「40    」52才
@黒田内閣の逓相に就任
A大同団結運動、諸派に分裂
1898年 保安条例、悪法として廃止
解答

正解数(   )問/問題数(40)問=正解率(    )%

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