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エピソード

304_06

大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判(4)
HTML版:大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判━高裁判決全文(1/3)←クリック
大江・岩波沖縄戦━裁判年表(左右でなく、東西の視点で編集)←クリック
 紙データをペーパーレス・データ(デジタル)化し始めたのが1986(昭和61)年です。
 高裁判決の全文を入手したのがPDF版を印刷した紙データでした。A4サイズで191枚もありました。これでは丹念に検証できません。
 そこで、紙データをOCR(文字認識処理ソフト)で、デジタルデータに変換し、PDF版を参照しながら、校正に努めました。改行も、校正しやすいように、PDF版と同じようにしました。
 毎日毎日、約8時間、パソコンと取り組んで、約2か月かかりました。OCR(文字認識処理ソフト)によるコンバートが終わってほっとしたのか、健康が自慢の私ですが、過労がたたって、年末・年始には風邪を引いてしまいました。
 今回は、1〜94ページの内、1〜34ページを検証しました。クリックしてご利用ください。
 なぜ、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判にこだわるかといえば、この裁判に大きな意味を感じているからです。
(1)戦前、公正・中立であるべきマスコミが情報を操作して、戦争への道に進んでいった。今はどうか。
(2)戦前、情報を操作するために、自分の都合のいい資料は採用するが、都合の悪い資料を排除するという歴史修正主義的な手法が採用された。今はどうか。
(3)過去を調べ、現状を知り、今後どう対応するかが、歴史に携わる者の使命である。
 前回に指摘した私の確認事項を検証する前に、高裁の判断を見てみたいと思います。
 原告側は、高裁の判断を不満として最高裁に上告しています。その結果も、いずれ、報告します。
 素人の私は、遂条的に点検する方法を採用しています。

HTML版:判決要旨全文←クリック
判断の大要】当裁判所も、原審同様、控訴人らの各請求は、・・いずれも理由がないものと判断する。
(1)「沖縄ノート」の各記述は・・もっぱら公益を図る目的のためになされたものと認められる。
(2)集団自決については、「軍官民共生共死の一体化」の大方針の下で日本軍がこれに深く関わっていることは否定できず、・・直接住民に対してこれを命令したという事実に限れば・・真実性の証明があるとはいえない。
(3)集団自決が・・命令によるということは、・・本件各書籍出版のころは、・・学会の通説ともいえる状況にあった。
(4)本件各記述によって控訴人らが重大な不利益を受け続けているとは認められない。
(5)したがって、控訴人らの本件請求はいずれも理由がない。
証拠上の判断
(1)玉砕方針自体を否定することもなく、ただ・・帰しただけであると認めるほかはない。
(2)宮平秀幸は、・・供述するが、明らかに虚言であると断じざるを得ず、これを無批判に採用し評価する意見書、報道、雑誌論考等関連証拠も含めて到底採用できない。
(3)梅澤命令説、赤松命令説が援護法適用のために後から作られたものであるとは認められない。これに関連して、照屋昇雄は、援護法適用のために、赤松大尉に依頼して自決命令を出したことにしてもらい、サインなどを得て命令書(?)を捏造した旨を話しているが、話の内容は全く信用できず、これに関連する報道、雑誌論考等も含めて到底採用できない。
(4)宮村幸延の「証言」と題する親書の作成経緯を、控訴人梅澤は、・・意識的に隠しているものと考えざるをえない。
(5)控訴人らが、・・出版等の継続により、その人格権に関して、重大な不利益を受け続けているとは認められない。
解説1:宮平秀幸の供述を、裁判所は「明らかに虚言であると断じざるを得ず」と断定している。と、同時に、この虚言を「無批判に採用し評価する」「報道、雑誌論考等」にも厳しく批判している。ここで指摘された報道、雑誌とは何を指すのでしょうか。
解説2:裁判所は、「照屋昇雄は、援護法適用のために、・・自決命令を・・捏造した旨を話しているが、話の内容は全く信用できず」と断定し、と、同時に、「これに関連する報道、雑誌論考等」を厳しく批判している。ここで指摘された報道、雑誌とは何を指すのでしょうか。
【判断の大要の前提となる法律的判断】
 特に公共の利害に深く関わる事柄については、本来、事実についてその時点の資料に基づくある主張がなされ、それに対して別の資料や論拠に基づき批判がなされ、更にそこで深められた論点について新たな資料が探索されて再批判が繰り返されるなどして、その時代の大方の意見が形成され、さらにその大方の意見自体が時代を超えて再批判されてゆくというような過程をたどるものであり、そのような過程を保障することこそが民主主義社会の存続の基盤をなすものといえる。
解説3:裁判所は、民主主義社会の存続の基盤は、資料や論拠により自由な議論によるべきだと主張しています。

HTML版:判決主文・当事者の求める栽判全文(001-003P)←クリック
主文
1 本件各控訴及び控訴人らの当審各拡張請求をいずれも棄却する。
2 当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。
当事者の求める栽判
1 控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人岩波書店は、・・各書籍を出版、販売又は頒布してはならない。
(3)被控訴人らは、読売・朝日・毎日・産経・日本経済新聞の各全国版に、・・謝罪広告を・・掲載せよ。
(4)被控訴人岩波書店は、控訴人梅澤に対し、・・被控訴人大江と連帯して金2000万円・・支払え。
(5)訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
主文同旨
解説4:敗訴したものが、訴訟費用を負担することになっています。被控訴人が敗訴すると、賠償金も支払うことになります。今回の場合、控訴人は賠償金を得ることもなく、訴訟費用だけ負担します。どのぐらい負担するのでしょうか。貧しい者はそう簡単に提訴できませんね。

HTML版:事案の概要等全文(003-005P)←クリック
1 事案の概要
ア 本件は、「太平洋戦争」及び「沖縄ノート」によつて、・・各住民にそれぞれ集団自決を命じ、住民を多数強制的に死なせながら自らは生き延びたという虚偽の事実を摘示され、控訴人梅澤及び赤松大尉の社会的評価を著しく低下させられて、その名誉を甚だしく毀損され・・たとして、次の各請求をした事案である。
@被控訴人岩波書店に対し、人格権に基づき、「太平洋戦争」及び「沖縄ノート」の出版、販売、頒布の差止め
A被控訴人らに対し、不法行為に基づき、(ア)謝罪広告の掲載(イ)慰謝料の支払
イ 本件の請求及び訴訟物は以上のとおりであり、・・本件訴訟の内容的な特色は次のような点にある。
@・・63年前の・・日本軍の各隊長の命令に関する記述について、その名誉毀損等の有無を問うものであること
A名誉毀損等にあたるとして出版の差止めが求められている各書籍は、・・継続して出版されてきた書籍であること
B出版当時には通説・・、その後真実相当性が失われたとして、その後の出版継続の不法行為を問うものであること
C歴史教科書等の公の書物に、・・集団自決の歴史を正しく伝えていくことが本件訴訟の目的であるとされていること
解説5:名誉棄損で訴えるという趣旨は理解できるが、歴史教科書への政治的介入を露骨に表明しているところが面白い。

HTML版:原審の判断及び不服申立て全文(005-010P)←クリック
2 原審の判断及び不服申立て
(1)原審は、次のように判断して、控訴人らの各請求を棄却した。
ア 「沖縄ノート」は、・・集団自決を命じた者であるとしているから、控訴人・・の社会的評価を低下させる。
イ 「太平洋戦争」は、・・もっぱら公益を図る目的で出版されたものと認められる。
ウ 控訴人らは、・・集団自決について「援護法」の適用を受けるための捏造であると主張する。
 しかしながら、・・援護法の適用が意識される以前から存在しており、捏造に関する主張には疑問がある。控訴人らの主張に沿う照屋昇雄の発言や宮村幸延の「証言」と題する書面は採用できない。
解説6:大阪地裁判決では、「(自決命令は、)援護法の適用が意識される以前から存在しており、捏造に関する主張には疑問がある」と断定し、捏造説に沿う発言を採用していないことが分かります。
 大阪地裁の判決は2008年3月28日に出されました。WiLL8月号は当然その後です。にも拘らず、櫻井よし子氏や渡部昇一氏らは、この段階でも、捏造説を主張しています。高裁判決も同じ内容です。その後、櫻井氏や渡部氏は、口を閉ざしています。今はどんな心境なのでしょうか。高裁判決内容で詳細を検証します。

@集団自決に手榴弾が利用されたが、多くの体験者が・・自決用に手榴弾が交付されたと語っていること、
A米軍に庇護された少年2名、投降勧告に来た男女6名が処刑、米軍の「報告書」にも・・住民が捕虜になり日本軍の情報が漏れることを懸念したことを窺わせること、
B手榴弾は極めて貴重な武器であったところ、自決にはこれが使用されていること、
C集団自決が発生したすべての場所に日本軍が駐屯しており、日本軍が駐屯しなかった前島では集団自決が発生しなかったこと、
 しかしながら、・・本件各書籍にあるような各自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない。
解説7:大阪地裁判決では、日本軍が駐屯していた島では集団自決がおこり、「日本軍が駐屯しなかった前島では集団自決が発生しなかった」として、直接的な自決命令は認定できないが、「真実であると信ずるについて相当の理由があった」としています。
オ 教科書検定の対応、集団自決に関する学説の状況、判示した諸文献の存在とそれらに対する信用性についての認定及び判断等を踏まえると、・・自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できないとしても、その事実については合理的資料若しくは根拠があると評価できる。したがって、・・真実であると信ずるについて相当の理由があったものと認めるのが相当である。
カ 「沖縄ノート」には・・かなり強い表現が用いられているが、・・論評の域を逸脱したものとは認められない。
キ したがって、・・名誉毀損は成立せず、それを前提とする損害賠償・・出版等の差止請求も理由がない。
解説8:大阪地裁判決では、教科書の検定・学説・諸文献を踏まえると、自決命令を直ちに真実と断定できないが、 「真実であると信ずるについて相当の理由があったものと認めるのが相当である」としています。
(2)そこで、控訴人らは、上記判断を不服として、事実認定及び法律判断の誤りを主張して控訴した。
(3)控訴人らは、当審において、平成19年12月に、軍命令が確認できないとする文部科学省の平成18年度の教
科書検定意見が維持され、かつ、梅澤命令説及び赤松命令説に真実性が認められないとした原判決が言い渡された後も、各書籍の出版、販売を継続し、・・増刷を重ねているとして、・・1000万円の支払請求を、各500万円の支払請求を付加した。
解説9:控訴人らは、地裁の判断を不服として、高裁に控訴しました。さらに、提訴後も増刷しているとして、賠償請求の支払請求を付加しています。

HTML版:事案の概要全文(010-012P)←クリック
第2 事案の概要
(1)当事者
ア 控訴人梅澤は、座間味島で、第一戦隊長として米軍と戦った・・元少佐である。
 また、控訴人赤松は、渡嘉敷島で、第三戦隊長として米軍と戦った・・元大尉である赤松太尉の弟である。
イ 被控訴人岩波書店は、・・本件各書籍の出版をしている。
 また、被控訴人大江は、芥川賞、ノーベル文学賞を受賞した作家であり、沖縄ノートの著者である。
2 前提となる事実(証拠によって認定した事実は各項末尾のかっこ内に認定に供した証拠を摘示し・・)
(2)第二次世界大戦における沖縄戦と座間味島及び渡嘉敷島における集団自決
 控訴人梅澤の守備する座間味島と、赤松大尉の守備する渡嘉敷島では、米軍の攻撃を受けた昭和20年3月25日から同月28日にかけて、それぞれ島民の多くが集団自決による凄惨な最期を遂げた。
解説10:控訴人とは、第一戦隊長・梅澤氏と第三戦隊長・赤松太尉の弟赤松氏です。
 被控訴人は、岩波書店と芥川賞・ノーベル文学賞作家の大江氏です。

HTML版:事案の概要全文(012-024P)←クリック
1
(3)本件各書籍の記述
ア 「太平洋戦争」の記述
 「太平洋戦争」には、・・【本件記述(1)】「座間味島の梅沢隊長は、老人・こどもは村の忠魂碑の前で自決せよと命令し、生存した島民にも芋や野菜をつむことを禁じ、そむいたものは絶食か銃殺かということになり、このため三〇名が生命を失った。」との記述がある。
イ 「沖縄ノート」の記述
(ア)「沖縄ノート」には、・・【本件記述(2)】沖縄の民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生、という命題は、この血なまぐさい座間味村、渡嘉敷村の酷たらしい現場においてはっきり形をとり、それが核戦略体制のもとの今日に、そのままつらなり生きつづけているのである。生き延びて本土にかえりわれわれのあいだに埋没している、この事件の
責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていないが、この個人の行動の全体は、いま本土の日本人が綜合的な規模でそのまま反復しているものなのであるから、かれが本土の日本人にむかって、なぜおれひとりが自分を咎めねばならないのかね? と開きなおれば、たちまちわれわれは、かれの内なるわれわれ自身に鼻つきあわせてしまうだろう」との記述がある。
(イ) 「沖縄ノート」には、・・【本件記述(3)】「このような報道とかさねあわすようにして新聞は、慶良間列島の渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと記憶される男、どのようにひかえめにいってもすくなくとも米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容することを拒否し、投降勧告にきた住民はじめ数人をスパイとして処刑したことが確実であり、そのよう
な状況下に、『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長が、戦友(!)ともども、渡嘉敷島での慰霊祭に出席すべく沖縄におもむいたことを報じた。僕が自分の肉体の奥深いところを、息もつまるほどの力でわしづかみにされるような気分をあじわうのは、この旧守備隊長が、かつて《 おりがきたら 、一度渡嘉敷島にわたりたい》と語っていたという記事を思い出す時である・・」との記述がある。
(ウ) 「沖縄ノート」には、・・【本件記述(4)】「人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう。かれは、しだいに稀薄化する記憶、歪められる記憶にたすけられて罪を相対化する。つづいてかれは自己弁護の余地をこじあけるために、過去の事実の改変に力をつくす・・」
 「本土においてすでに、おりはきたのだ。かれは沖縄において、いつ、そのおりがくるかと虎視眈々、狙いをつけている。かれは沖縄に、それも渡嘉敷島に乗りこんで、一九四五年の事実を、かれの記憶の意図的改変そのままに逆転することを夢想する。その難関を突破してはじめて、かれの永年の企ては完結するのである。・・しかもそこまで幻想が進むとき、かれは二十五年ぶりの屠殺者と生き残りの犠牲者の再会に、甘い涙につつまれた和解すらありうるのではないかと、渡嘉敷島で実際におこったことを具体的に記憶する者にとっては、およそ正視に耐えぬ歪んだ幻想をまでもいだきえたであろう。このようなエゴサントリクな希求につらぬかれた幻想にはとめどがない」・・との記述がある。
(エ) 「沖縄ノート」には、【本件記述(5)】「おりがきたとみなして那覇空港に降りたった、旧守備隊長は、沖縄の青年たちに難詰されたし、渡嘉敷島に渡ろうとする埠頭では、沖縄のフェリイ・ボートから乗船を拒まれた。かれはじつのところ、イスラエル法廷におけるアイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべきであったであろうが、永年にわたって怒りを持続しながらも、穏やかな表現しかそれにあたえぬ沖縄の人々は、かれを拉致しはしなかったのである。それでもわれわれは、架空の沖縄法廷に、一日本人をして立たしめ、右に引いたアイヒマンの言葉が、ドイツを日本におきかえて、かれの口から発せられる光景を思い描く、想像力の自由をもつ・・」との記述がある。
解説11:「太平洋戦争」には、梅澤隊長の命令で30名が生命を失ったとあります。
 「沖縄ノート」には、以下の記述があります。大江氏の真意を理解できないと、私も含め、多くの人は、曽野綾子氏が評する「人間の立場を超えたりンチ」と同じ解釈をする可能性があります。だから、思想・信条の自由という要素が憲法に表記されたのでしょうか。
(1)「生き延びて本土にかえりわれわれのあいだに埋没している、この事件の責任者はいまなお、沖縄にむけてなにひとつあがなっていない」
(2)「慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への瞞着の試みを、たえずくりかえしてきたところであろう。人間としてそれをつぐなうことは、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう」
(3)「一九四五年を自己の内部に明瞭に喚起するのを望まなくなった風潮のなかで、かれのペテンはしだいにひとり歩きをはじめただろう」
(4)「しかもそこまで幻想が進むとき、かれは二十五年ぶりの屠殺者と生き残りの犠牲者の再会に、甘い涙につつまれた和解すらありうるのではないかと、渡嘉敷島で実際におこったことを具体的に記憶する者にとっては、およそ正視に耐えぬ歪んだ幻想をまでもいだきえたであろう」
(5)「かれはじつのところ、イスラエル法廷におけるアイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべきであったであろう」
(4)ア 「太平洋戦争」が歴史研究書であり、本件記述(1)が公共の利害に関するものであることは当事者間に争いはない。
イ 沖縄ノートは、被控訴人大江が、沖縄が本土のために犠牲にされ続けてきたことを指摘し、その沖縄について「核つき返還」などが議論されていた昭和45年の時点において、沖縄の民衆の怒りが自分たち日本人に向けられていることを述べ、「日本人とはなにか、このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえることはできないか」との自問を繰り返し、日本人とは何かを見つめ、戦後民主主義を問い直したものである。
 沖縄ノートの各記述は、沖縄戦における集団自決の問題を本土日本人の問題としてとらえ返そうとしたものであり、沖縄ノートの各記述は公共の利害に関する事実に係るものである。
解説12:「太平洋戦争」が公共の利害に関するものであることは当事者間に争いはない。
 「沖縄ノート」の各記述は、「公共の利害に関する事実に係る」となっている。
(5)ア 座間味島について
(ア) 「鉄の暴風」には、「・・村長初め役場吏員、学校教員の一部やその家族は、ほとんど各自の壕で手榴弾を抱いて自決した。その数五十二人である」との記述がある。
(イ) 「座間味戦記」には、「梅沢部隊長よりの命に依って・・老人、子供は全員村の忠魂碑の前に於いて玉砕する様にとの事であった」との記述がある。
 この「座間味戦記」は、「援護法」の適用を申請する際の資料として当時の厚生省に提出したものである。
(ウ) 「秘録沖縄戦史」には、「艦砲のあとは上陸だと、住民がおそれおののいているとき、梅沢少佐から・・『老人、子供は全員、村の忠魂碑前で自決せよ』と。・・七五名が自決し多くの未遂者を出した」との記述がある。
(エ) 「沖縄戦史」には、「梅沢少佐は、『老人子供は村の忠魂碑の前で自決せよ』と命令した」「・・このために三十名が生命を失ない・・」との記述がある。
(オ) 「悲劇の座間味島 沖縄敗戦秘録」には、「午後十時頃梅沢部隊長から・・『住民は男女を問わず軍の戦闘に協力し、老人子供は村の忠魂碑前に集合、玉砕すべし』」との記述がある。
解説13:諸文献を点検しています。上記の書物には、「梅澤隊長が自決・玉砕すべしと命じた」とある。
(カ) 「秘録沖縄戦記」には、「梅沢少佐から『老人、子供は全員、村の忠魂碑前で自決せよ』というものだった」「七五人が自決、そのほか多くの未遂者を出した」との記述がある。
(キ) 「沖縄県史 第8巻」には、「村長、助役、収入役をはじめ、村民七十五名は梅沢少佐の命令を守って自決した」との記述がある。
(ク) 「沖縄県史 第10巻」には、「部隊長から自決命令が出されたことが多くの証言からほぼ確認できるのである」
「中にいる兵隊が、『いざとなったらこれで死になさい』と手榴弾がわたされた」との記述がある。
解説14:諸文献を点検しています。上記の書物にも、「梅澤隊長が自決・玉砕すべしと命じた」とある。
イ 渡嘉敷島について
(ア) 「鉄の暴風」には、「住民には自決用として、三十二発の手榴弾が渡されていたが、更にこのときのために、二十発増加された」との記述がある。
(イ) 「秘録 沖縄戦史」には、「『住民は集団自決せよ!』と赤松大尉から命令が発せられた」との記述がある。
(ウ) 「沖縄戦史」には、「『食糧を部隊に提供するため、いさぎよく自決せよ』」との記述がある。
(エ) 「悲劇の座間味島 沖縄敗戦秘録」には、赤松少佐は・・島民は自決せよと命令した」との記述がある。
(オ) 「秘録 沖縄戦記」には、「赤松隊は・・『住民は集団自決せよ!』と命令する始末だった」との記述がある。
解説15:諸文献を点検しています。上記の書物には、「赤松隊長が自決・玉砕すべしと命じた」とある。
(カ) 「慶良間列島渡嘉敷島の戦闘概要」には、「赤松隊長から防衛隊員を通じて自決命令が下された。・・瞬間手留弾がそこここに爆発したかと思うと・・、瞬時にして老幼男女の肉は四散し・・」との記述がある。
(キ) 「沖縄県史 第8巻」には、「赤松大尉は『住民の集団自決』を命じた」との記述がある。
(ク) 「沖縄県史 第10巻」には、「陣地に配備されていた防衛隊員二十数人が現われ、手榴弾を配り出した。自決をしようというのである」との記述がある。
(ケ) 「家永第3次教科書訴訟第1審 金城重明証言」には、「( 証人自身は、直接その自決の命令が出たという趣旨の話を直接聞かれたのですか)はい、直接聞きました」との記述がある。
(コ) 「家永第3次教科書訴訟第1審 安仁屋政昭証言」には、「赤松部隊から渡嘉敷村の兵事主任に対して手榴弾
が渡されておって、いざというときにはこれで自決するようにという命令を受けていたと、・・曽野綾子さんなどは、『ある神話の背景』という作品の中でこれを否定しているようですけれども、兵事主任が証言をしております。それが自決命令でないと言われるのであれば、これはもう言葉をもてあそんでいるとしか言いようがないわけです」との記述がある。
(サ) 「渡嘉敷村史」には、「兵事主任は・・、戦場においては、軍の命令を住民に伝える重要な役割を負わされていた。渡嘉敷村の兵事主任であった新城真順氏(戦後改姓して富山)は、日本軍から自決命令が出されていたことを明確に証言している」との記述がある。
解説16:諸文献を点検しています。上記の書物にも、「赤松隊長が自決・玉砕すべしと命じた」とある。
 私が高校生の頃、母(当時43歳)が購読していた『主婦の友』を通じて、曽野綾子氏の名前には記憶がありました。
後、夫である三浦朱門氏が文化庁長官となることで、曽野氏の経歴も知りました。クリスチャンで、有名な小説家で評論家で、富も名声も得た人物がどうして、自決問題に興味を持ったのか、彼女の立場を裁判を通じて、紹介できればと思います。

HTML版:事案の概要全文(024-032P)←クリック
第3 争点及びこれに対する当事者の主張
1 争点@(特定性ないし同定可能性の有無)について
(1)控訴人らの主張
ア 沖縄ノートの各記述が控訴人梅澤又は赤松大尉を特定ないし同定するものであること
(ア) 沖縄ノートの各記述は、赤松大尉を特定ないし同定するものである。
(イ) 匿名記事の「匿名性」の判断基準については、・・東京地裁平成6年4月12日判決が次のように判示している。
(ウ) 上記判決の特徴は、執筆者(寄稿者)を知ることができるという場合に名誉段損が成立する余地を認めている。
(エ) 沖縄ノートの各記述は、多くの書籍、新聞、週刊誌、グラフ誌等において実名を用いてなされた渡嘉敷島集団自決事件の記述と同一性のある記述であると容易に判明するから、匿名性を実質的に失っている。
解説17:控訴人は、「沖縄ノートを読めば、控訴人梅澤又は赤松大尉だと分かる」と主張します。
イ 被控訴人らの主張に対する反論
(ア) 被控訴人らの主張は、・・「表現の名誉毀損性ないし侮辱性の判断基準と表現の公然性の判断基準とを混同するものであって、採用することができない」ことは明らかである。
(イ) 本件記述(2)に引用されている前記「沖縄戦史」が同定情報の資料となることは明らかである。
(ウ) 小括
 本件記述(2)が引用している前記「沖縄戦史」に、実名が記載されていることからすれば、沖縄ノートの各記述は、控訴人梅澤又は赤松大尉を特定ないし同定するものである。
解説18:控訴人は、「沖縄ノート」が引用している「沖縄戦史」には実名が記載されているので、誰か分かるとする。
(2)被控訴人らの主張
ア 沖縄ノートの各記述は控訴人梅澤又は赤松大尉を特定ないし同定するものではないこと
(ア) 一般読者の普通の注意と読み方を基準とした場合、沖縄ノートの各記述が控訴人梅澤及び赤松大尉についてのものと認識されることはない。
(イ) 「一般読者の普通の注意と読み方」を基準とすべきであると判断した最高裁判決と同様の判断をした。
解説19:被控訴人らは、「沖縄ノートを読んでも、控訴人梅澤又は赤松大尉だとは分からない」と主張します。
 これは、私が読んでも、梅澤氏や赤松氏であることは分かります。
イ 控訴人らの主張に対する反論
(ア) ある表現が他人の名誉を毀損するか(社会的評価を低下させるか)を判断する際、その表現が誰に関してなされたものかという表現の特定性の問題と、その表現が人の社会的評価を低下させるかという名誉毀損性の問題は、切り離して判断することは不可能であり。両者は一体のものである。
(イ) 沖縄ノートの発行当時に匿名性が実質的に失われていたとする控訴人らの主張は誤りである。
(ウ) 高裁判決は、引用した書籍の人物を特定しない記述について特定人に対する名誉毀損が成立することを一般的に認めたものではない。
解説20:被控訴人は、名誉を棄損するかどうかは誰であるかと分かるということと、その表現が名誉を棄損しているということは一体のものであると主張します。これは専門すぎて私の及ぶところではありません。裁判所の判断にゆだねたいと思います。

HTML版:事案の概要全文(032-034P)←クリック
2 争点A(名誉毀損性の有無)について
(1)控訴人らの主張
ア 本件記述(1)は、控訴人梅澤個人の人格を非難し、その社会的評価としての名誉を毀損し、その名誉権と名誉感情を侵害するものである。
イ 本件記述(2)は、渡嘉敷島の集団自決が赤松大尉から、座間味島の集団自決が控訴人梅澤から発せられた命令によって発生したとの事実を摘示したものと読み取れる。
 本件記述(3)ないし本件記述(5)は、・・「屠殺者」「戦争犯罪者」等の個人非難を向けるものである。
 こうした沖縄ノートの各記述は、控訴人梅澤及び赤松大尉の社会的評価を著しく低下させるものである。
解説20:控訴人は、「沖縄ノート」の記述は、その社会的評価としての名誉を毀損していると主張します。
(2)被控訴人らの主張
ア 否認し、争う。
イ 沖縄ノートの各記述は、・・控訴人梅澤や赤松大尉が集団自決を命じた事実を摘示したものではなく、控訴人梅澤及び赤松大尉の名誉を毀損することはありえない。
解説21:被控訴人は、名誉を毀損することはありえないと主張します。
3 争点B(目的の公益性の有無)について
(1)被控訴人らの主張
ア 「太平洋戦争」は、歴史研究書であり、・・もっぱら公益を図る目的によるものであることは明らかである。
イ 沖縄ノートは、・・沖縄の民衆の重く鋭い怒りの矛先が被控訴人大江ら日本人に向けられていることを述べ、そのような日本人であることを恥じ、・・日本人とは何かを見つめ、戦後民主主義を問い直したものである。
 したがって、沖縄ノートの各記述は、・・、もっぱら公益を図る目的で書かれたものであることは明らかである。
解説22:被控訴人は、「沖縄ノート」の記述は、公益を図る目的で書かれたものであると主張します。
(2)控訴人らの主張
ア 「太平洋戦争」については、第2・2(4)アの限度で認める。
イ 沖縄ノートについては、第2・2(4)イの限度で認め、その余は否認し、争う。
  控訴人らは、沖縄ノートの各記述が公共の利害に関する事実に係わることは認めるが、それがもっぱら公益を図る目的によるものであるとの主張は否認し、争う。
解説23:控訴人は、「沖縄ノート」の記述は、公益を図る目的で書かれたものではないと主張します。
架空弁護人として裁判に立ち会う
 架空弁護人として、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判に立ち会いました。
 まず、書面(証拠)で控訴人と被控訴人が議論します。
 その後、プロの弁護士が証人尋問をします。
 その結果、プロの裁判官が、書面と尋問を通して、判決します。
 鎌倉時代の引付制度を思い出しました。
 この段階では、地裁の結論は出ていますが、高裁の裁判官の考えは分かりません。
 双方の言い分を聞いている段階では、両方とも納得することが多いです。
 この段階では、双方が、相手の言い分を批判する具体的な状況が分からないので、弁護人の私としては判断のしようがありません。
 しかし、双方の言い分は、プロが作った書面だけに、小説を読むより迫力があります。
 裁判官が確証を得るには、まだまだ時間がかかりそうです。

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